4/29(祝木)唐さんの高校を訪ねる

↑東邦大学習志野キャンパスから歩いて5分ほどのところにある
神社にも行きました。高校時代の唐さんが来ていたかも知れません

数日前の朝、習志野に行ってきました。
唐さんの高校通学経路を追体験してみようというのが主眼です。

私は横浜に住んでいるので、一旦、横浜駅から上野に向かい、
そこから10分弱歩いて、唐さんの生家跡である北上野1丁目を
訪ねて、始点としました。

そこから京成上野駅まで歩き、
かつて東邦大学附属高等学校があった、現・東邦大学 習志野キャンパスを
目指します。(現在の附属中学・高校は数百メートル離れたところに移転)

京成上野に乗って習志野に向うと、
日暮里が千葉への入り口になっていること(『秘密の花園』冒頭)
青砥が東京の周縁部分にあること(『吸血姫』一幕)
高校時代の唐さんが毎日、お化け煙突を見ていたこと(『お化け煙突物語』)
がわかってきました。

京成船橋も通りすぎますので、
船橋ヘルスセンターのCMが身近に感じられたのも頷けます。
(『続ジョン・シルバー』の当たり屋一家)

現在でこそ京成線は成田空港へと続く路線ですが、
唐さんが高校に通った1950年代後半に成田空港はありませんから、
かなり、田園風景のなかに行く感じであったろうと想像します。

京成大久保駅で降り、10分ほど歩いて東邦大学 習志野キャンパス
に着き、周辺もできる散歩しました。ずいぶん景色が変わった
でしょうが、譽田八幡神社という神社を発見しました。
神社は同じ場所にあり続けてきたでしょうから、高校跡から5分ほど
という距離を考えれば、唐さんがこの街に通った3年間のうち、
この神社に一度は足を運んだ可能性は低くないと思います。

長い長い通学経路であったことを体験できたことが、
いちばんの収穫でした。この高校に通う理由だったお医者さんへの道は、
明治大学の演劇科進学を受験する頃には立ち消えになっていたわけ
ですから、青春の蹉跌とともに、唐さんは習志野での記憶を刻んでいた
ように思います。

福島泰樹さんの最新歌集『下谷万年町物語 唐十郎篇』を
読んだばかりですので、私立駒込中学に通った3年と習志野に
通った3年を合わせた6年間より、唐さんにとっては坂本小学校が
より土台になっていることが強く確認されました。

10代の唐さんが体験した、人生の遠回りを確認できた習志野行きでした。

5/3(日)の『『24時53分”塔の下”行きは竹早町の駄菓子屋の前で
待っている』オンラインWSで、皆さんにさらに詳しくお話しする
つもりです。