4/13(月)『24時53分”塔の下”行きは竹早町の駄菓子屋の前で待っている』本読みWS 第1回 その①

昨晩は唐さんの処女作にあたる、
『24時53分”塔の下”行きは竹早町の駄菓子屋の前で待っている』の
本読み第1回目でした。

この台本は短く、手元の様式にして31ページという内容です。
ちなみに、『唐版 風の又三郎』は224ページ。

せっかく短い台本なので、冒頭に唐さんの個人史研究をしてみようと
思い立ちました。唐さんはこの台本を書く前、大靏義英青年だったのです。
義英青年がどのような環境に生まれ、育ち、学校に行き、
初めて劇作に挑んだのか、まとめて考えてみました。

まず、家族関係を確認。
お父さん、お母さん、お兄さん、疎開先で亡くなった弟さん。
それぞれについてお話ししました。

それから、青年時代までを過ごした場所について。
生家の位置、坂本小学校、私立駒込中学校の位置。
東邦医大附属高校の場所と通学路。
考えてみれば、唐さんは中学から大学まで私立の学校に通いました。
なかなかお坊ちゃんです。

お父さんの期待に応えて医者を志していたのですが、
同時に演技にも目覚めていきます。明治大学に進んだ時には
医者から演劇の道にはっきりと方向転換しています。
医学、数学、理数系に対する憧れとコンプレックスを感じます。
あるいは、それらに対して挫折があったかも知れません。
特に高校のある習志野まで通学路は遠いので、青春の蹉跌が
あったかも知れません。

それから、銭湯の海の絵、上野公園のクジラ像や地獄の門など、
下谷区+浅草区=台東区は、後に作品のなかに芽吹くモチーフ
をふんだんにはらんでいました。こういったお話しから入る。

最後に、「竹早町」とはどこか。
文京区にかつてあった町名です。現在の最寄り駅は茗荷谷。
「竹早」の名を、学校や法人の名前に見出すことができます。

「塔の下」とはどこか。
唐さんの生まれ育った北上野、万年町の長屋です。
地面に寝そべると、横長の長屋は縦長になり、塔となります。

要するに、文京区から台東区まで都電でやってきてみれば、
塔=長屋の町では、皆が大した事件もなく幸せそうに死んでいく。
そういう風景を描いた作品です。

明日は、詳しく内容に入ります。


第2回(最終回)5月3日(日)19:30〜21:30