最終講義レポート:後編
あっという間に終了した唐ゼミアンソロジー。
黒いチューリップのヒロイン・ケイコの台詞が終わると、舞台上の唐ゼミメンバーがゆっくりと深く頭を下げる。唐十郎教授が国大に来て七年半。中野演出が加わり、今の唐ゼミが作られていった約四年間。それらが凝縮された八つの舞台の締めくくりだった。ひととおりの役者紹介のあと、中野演出が舞台に上がる。
「そして最後に、7年半お疲れ様でした、作・監修、唐十郎!」
中野演出の声が上がると、とたんに何処からか聞こえる馬の嘶き。
馬!?
と思ったつかの間、バリッと何かが破られた音がする。
下手の壁を突き破って、炎の木馬に乗った唐十郎教授が再度登場した。
対談のときにも増して大きな拍手と歓声が降る。木馬にまたがった唐十郎教授の顔は精悍そのものだ。そして舞台に上がり、中野演出と握手をする時にその顔が綻んだ。
「第一研究棟の五階で『ジョン・シルバー』の小道具を作る中野君と椎野ちゃんと禿ちゃんを窓の下から見上げていました。」
大学という老いて朽ち果てた教育の場の空気も、唐十郎という巨星の前には力を持たない。自分を見上げ真っ直ぐについて来る者が、必然的に現れる。唐十郎教授の言葉を聞いて、そういう人であったのだなと、ふと思った。
「ありがとう」と舞台から降りて再び木馬にまたがると、ゆっくりと上手に移動して行く。やがて飾り付けられた窓の前の階段を上り、大きな花束を受け取ると、教授はマイクを構えた。
時は ゆくゆく 乙女は婆ァに それでも時がゆくならば 婆ァは乙女になるかしら
『少女仮面』の歌が始まる。生できちんと歌を聞いたのは初めてだ。こんなに強靭にしなる歌声を聞いたのも初めてだった。観客たちの手拍子ものる。この瞬間がずっと続くんじゃないかというような不思議な感覚におそわれた。
「何よりも肉体を!」
歌の終わりのその台詞で、窓は開け放たれた。すでに外から覗くのは夜空で、夜の風が吹き込んだ。夜の路地の風だ。「唐十郎」に吹く風だ。
窓の外に足を踏み出し、ゆっくりと唐十郎は消えていった。迷い込むかのように教室に飛び込んできた男は、確かな足跡を残し静かに教室を去ったのだった。
これで、「唐十郎教授」の話はおしまいだ。
しかし、テント公演ではいつも背景が消えて舞台が外に繋がったように、唐十郎の舞台は路地に繋がっている。東京・新宿を見渡せば、紅テントがある。
いつでも「唐十郎」は始まったままなのだ。
report by C
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