5/3(祝水)『愛の乞食』本読みWS 最終回レポート その②(中野)

2023年5月 3日 Posted in 中野WS『愛の乞食』
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↑暗闇の中を叫びつつ消えるシルバー、という終幕
唐ゼミ☆『愛の乞食』2010年公演より(写真:伏見行介)

結局、誰がどう「愛の乞食」なのか。
この問いは『ジョン・シルバー 愛の乞食』に取り組む際に
よくよく考えてみなければならないトピックです。

ちなみに、この「愛の乞食」という言葉自体は、
この芝居の前年に書いた『少女仮面』に初めて登場します。
冒頭、老婆と会話する少女・貝が『嵐が丘』の主人公
ヒースクリッフとキャサリンを評して、
「あの二人は乞食なのよ、愛のね」「あの二人の愛の乞食が・・」
という具合に発言します。

おそらく、唐さんは自らこれを気に入り『愛の乞食』
というタイトルを進行中の『ジョン・シルバー』シリーズに
採用することにした。そういうことだと想像します。

そして、この芝居では
「愛のおでき」だとか「愛の海賊」だとか、
普通は「愛」と共存しないような言葉を唐さん流に組み合わせる
ことで、面白い響きを得るのに成功しました。

そこでまた冒頭の問い。
結局、誰がどう「愛の乞食」なのか、といえば、
私はジョン・シルバーその人が「愛の乞食」なのだと考えます。

最後に「万寿シャゲはどこだ!」と叫んで消えていく
ジョン・シルバーの渇望こそ、愛の乞食そのものではありませんか。

他方、この芝居のヒロインである「万寿シャゲ」という
キャラクターは、育児まっただ中という当時の李礼仙さんの
コンディションに配慮してか、唐さんが前後に書いた綺羅星の
ごときヒロインに比べればさほど魅力的とはいえません。

だから、シルバーは万寿シャゲにいう女性そのものに
魅了されたというより、片足、片腕、目の光までをも失う満洲の
過酷にあって、それこそ砂漠に一輪の花を見出すような心持ちで
万寿シャゲを見出したのだと推察できます。

結果、彼は何年経っても「万寿シャゲ!」と叫び、放浪する。

『愛の乞食』が一連のシリーズの中で特異なのは、
それがスピンオフだからです。『ジョン・シルバー』
『続ジョン・シルバー』『あれからのジョン・シルバー』がすべて
シルバーに家出された小春の主観によって進行するのに対し、
この第三作だけが、家出した当のシルバーの内面を語る作品と
して成立しています。

そして、シルバーが「愛の乞食」化したことが、
小春の愛の放浪を呼び、小春を見染めた紳士にも愛の渇望を生む。
連綿としたシリーズの発火点がここにあります。

ともあれ、この第三作は新宿の公衆便所に連なる北海の荒波、
そこに消え入るシルバーの愛の叫びとともに終幕します。

いずれ『あれからのジョン・シルバー』も俎上に上げなければ。
そう思わせる内容でした。そのうちやります。

5/2(火)『愛の乞食』本読みWS 最終回レポート その①(中野)

2023年5月 2日 Posted in ワークショップ Posted in 中野WS『愛の乞食』
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↑いじましくもコミカルな、金歯山分けのシーン
唐ゼミ☆『愛の乞食』2010年公演より(写真:伏見行介)

3月半ばにスタートした『愛の乞食』本読みが最終回を迎えました。
終盤に訪れる立て続けの名シーンを読んでいきます。


まずは、海賊三人衆の金歯山分けシーンから。
この場面、尼蔵、馬田、大谷、チェ・チェ・チェ・オケラが
1930年以来、永々40年に渡ってため込んできた獲物を披露し合い、
山分けするという趣向でシーンが展開します。

生真面目なチェの獲物は金歯。
彼は律儀に年に13個を手に入れてきました。
40年で520個の金歯。それをチェが留守の間に3人で山分け。

1年に13個というのは少ないのではないか。
あれから40年というと、尼蔵たちはいったい何歳なんだ。
よく考えたらジジイじゃねえか。

など、ツッコミどころ満載のおかしな点はたくさんたくさんありますが、
チェに2個。残る三人で518個を目分量で山分け、という場面。

続いて馬田、大谷、尼蔵という風に獲物を披露するわけですが、
刑事として得た軽犯罪の調書、ミドリのおばさんとして得た
子どもの弁当箱や物差し、上履きといったショボい獲得品が
次々と露見し、三人はお互いの無力に打ちのめされます。

「海賊限界説」。つまり、現代において海賊は不可能。
戦後の平和や平等に飽き足りない人間の叫びを凝縮した言葉です。

海賊三人は悲嘆と自嘲に暮れ、内輪揉めがエスカレートした挙句、
同士討ちして死にます。朝日生命に勤める主人公はずっとそれを傍観。

その後、眠り続けていた万寿シャゲが起き出し、
一本足の憲兵への思いを語ります。彼女は時が止まったように
少女のままで、朝日生命の青年に切々と想いを伝える。

ここでポイントなのは、朝日生命とシルバーは一人二役であると
いうことです。同じ役者が演じることが、このシーンに生きる。

と、そこへ警察がなだれ込んでくる。
尼蔵たちに刺されたガードマンの遺体を処理していたチェを
見咎めたところから公衆トイレに踏み込み、尼蔵たち、
万寿シャゲ、皆を一斉に運び出します。

すると、そのあまりのぞんざいさ、
満州以来を生きてきた者たちを冷淡に処理していく
警察の仕事ぶりに激昂した朝日生命は、「朝日生命の海賊」を
名乗って警官たちに抵抗します。

これは、実に青年らしい反抗心、現実に対する異議申し立てを
凝縮したシーンですが、果たせるかな、青年はあっという間に
なぎ倒され、お縄となります。
「海賊限界説」がもう一度、判で押される無惨。


全てが終わって静まり帰った公衆トイレ。
そこにトイレの利用者がやってきます。何でもないただの利用者。
彼が用を足していると、そこに水洗の音がして、それが海鳴りの
ように大きくなって、奥の扉が開くと、そこに一本足の憲兵、
シルバーが立っている。

「万寿シャゲ、万寿シャゲはどこだ!」
という彼の叫びとともに『愛の乞食』は幕を閉じます。

・・・今日はあらすじで手いっぱいだったので、
解説はまた明日。

4/24(月)『愛の乞食』本読みWS 第5回レポート(中野)

2023年4月24日 Posted in 中野WS『愛の乞食』
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↑シルバーは自らの思いを語ることなく、ただラムを煽るのみ。
代わりにオウムが喋ります。万寿シャゲとシルバーの会話より。
(唐ゼミ☆2010年公演より。写真は伏見行介)

3月半ばから続けてきた『愛の乞食』本読みも終盤です。
残すところあと2回。昨日は、
「2幕2場 愛の満州おろし」をメインに、
「3幕 花の幽霊船」の冒頭までをやりました。

まずは、朝鮮半島の酒場の主人であるチェ・チェ・チェ・オケラの
一人語りから始まります。大正時代に起こった二つの事件について
語りながら、歴史的な事実のなかにシルバー、尼蔵、馬田、大谷の
越し方を位置付けるせりふです。

尼港事件・・・ロシア人が日本を含むアジア人たちを虐殺して強盗
大輝丸事件・・尼港事件の報復として日本人海賊がロシア船を襲う

後者の大輝丸事件に参加したのが、シルバー、馬田、大谷の
三人であるとチェは語ります。しかし、よく類推すると、
ここでシルバーと言っているのは、シルバーの名を騙った尼蔵で
あることが読み取れます。不良軍人の尼蔵は憲兵シルバーを恨み、
シルバーの名を騙りながら悪行を働くことでシルバーに悪評を
立てようとしていることがここでも分かります。

一転、続く万寿シャゲとチェの会話は天真爛漫になります。
万寿シャゲのシルバーへの憧れ、恋心はあまりにティーン女子の
恋愛で猪突猛進型、あえてバカっぽく書かれているところが
台本に潤いを与えています。
真剣で重たい舞台設定の中にこうした軽さを与えるようになった
ことで、唐さんの作家としての技量が抜群になっているのが
分かります。最近、若書きの『煉夢術』を読んだばかりなので
特に強くそれを感じます。

そして、当のシルバーが登場する。
シルバーが散文的な会話をする。しかも恋愛に関わる会話を
するというのは、『ジョン・シルバー』シリーズ全般を通じて
初めてのことです。あとは、『あれからのジョン・シルバー』
最終幕で小春と亡霊として話すシーンがシルバーの発言シーン。
この場における具体性について言えば、ちょっと例がありません。
それだけに、シルバーの内面を彼自身のせりふから識ることの
できる唯一の場面です。貴重!

「ハードボイルド」という言葉をこの場面のシルバーを語る
キーワードにしました。シルバーは視力を失い、片足と片手を
失い、悲嘆に暮れながらもそれを押し殺して軍務についています。
シルバーが寡黙に耐える一方、肩のオウムがその内面を語る。

万寿シャゲが想いを打ち明けるほどにシルバーは頑なになり、
万寿シャゲを手にかけようとすらします。(あくまでフリですが)
その時、シルバーの心を代弁するオウムは「小春、小春」と哭く。
戦地で大怪我をして重度の障害を負うシルバーの内面が炸裂する
場面です。この時は、こんなに小春のことを想っていたのだ、
と知れるシーンです。

万寿シャゲはシルバーを想い、シルバーは小春を想う。
『愛の乞食』の特徴である片思い構造がはっきりと現れます。

と、ふいを狙って尼蔵たち3人海賊がシルバーを刺殺します。
恨みを果たす3人海賊。この行動をブリッジに場面は現在に
戻り1幕の公衆トイレに還ってきます。
刺されたのはシルバーでなくガードマン。

2幕は丸ごと3人海賊たちの回想であった、という仕掛けです。
たいへんに分かりやすい。ここから現代における海賊たちの因縁が
決着するのが来週です。スッキリと読みやすい『愛の乞食』。
男のロマンに溢れるエンディングを来週にやります!

4/17(月)『愛の乞食』本読みWS 第4回レポート(中野)

2023年4月17日 Posted in ワークショップ Posted in 中野WS『愛の乞食』
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↑満州、港町の酒場で金歯を山分けする男たちに対する
万寿シャゲ。2010年唐ゼミ☆公演より(写真:伏見行介)


前回の番外篇をはさんで『愛の乞食』本篇に帰ってきました。

『愛の乞食』以前の『巷談絵巻ジョン・シルバー』、
『ジョン・シルバー』『続ジョン・シルバー』をあたったおかげで、
風呂屋の番台にいたシルバーや恋女房の小春の話もしながら
『愛の乞食』の話ができるようになった。

すると、この作品が、復員したシルバーが戦地で
何をしていたのかを語る芝居だということもわかってきます。
『ジョン・シルバー』シリーズ全篇はシルバーに家出されて
しまった小春の物語ですが、シルバーからすれば、
家出するのにこんな事情が大陸であった、というわけです。

さて、昨晩の内容へ。
太平洋戦争敗戦後の満州の港が舞台です。
ここで、規律を失った日本人兵士たちのが強盗・殺人を
犯します。現地でできた恋人や妻を連れ帰ろうとする
兵士たちを騙し、女たちを殺して金歯を奪う悪漢たち。
これが尼蔵、馬田、大谷の過去の姿、つまり海賊という
わけです。彼らは、13人の女たちを襲って殺め、金歯を奪う。

その際に化けたのが一本足の憲兵です。
憲兵とは軍隊内の規律を司どる警察の役割です。
だから、尼蔵たち日本軍内に巣食うアウトローたちにとっては
疎ましい存在です。きっと何度も憲兵に悪行の現場を挙げられ
憲兵を恨んでいたことでしょう。中でも一本足の憲兵=
通称シルバーには煮湯を飲まされたに違いない。

そこで、シルバーを貶めるために尼蔵たちは一本足の
格好をして女たちを襲い、金品を得ると同時にシルバーの
悪評を振りまいた。そういうシーンが2回くりかえされます。

「二幕一場 満州の赤いリラ」として挿話的に入れられる
港のシーン、それから、チェ・チェ・チェ・オケラの経営する
酒場で尼蔵たちが互いに強奪した金歯を見せ合うシーンは
わかりやすく、観やすく、彼らの怖さ、悪さ、コミカルさが
同居する親しみやすい場面です。

そこへ、ヒロイン万寿シャゲが花売りに化けて復讐にやってくる。
彼女は同胞の女性たちが無惨に殺されたことに腹を立て、
また、自らも一本足の男に出会って一命を取り留めた
経験から、尼蔵たちから金歯を取り返そうとします。

が、いかんせん少女の細腕、海賊たちに返り討ちに
されようとしたところで、当の一本足の憲兵がやってきます。

その直前のシーン。万寿シャゲは一本足の憲兵と
遭遇した場面を回想しながら、彼が決して悪い男ではなく
むしろ彼女に優しく接していたことを思い起こします。

尼蔵たちに差し向かいになった土壇場で、
万寿シャゲは、悪さを働いていたのは一本足を騙った
尼蔵たちであり、本物の一本足である憲兵は正義の人で
あったことを理解します。

正義の味方シルバーの登場により、ここから乱戦!
というところでこの場はおしまいです。
次回、舞台は現代の東京に還ってきます。
あれから海賊たちはどうなったのか。

あと2週で『愛の乞食』もおしまいです。

4/10(月)『愛の乞食』本読みWS 番外篇レポート(中野)

2023年4月10日 Posted in ワークショップ Posted in 中野WS『愛の乞食』
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↑2019年1月の『ジョン・シルバー』公演。米澤がシルバー人形とともに語った

3月中旬から4月末までの予定で進めている『愛の乞食」本読み。
先週に1幕が終わったところで、一度、番外篇をやりました。
「一本足のシルバー」「小春」という名前が出てきたところで、
前段となる『ジョン・シルバー』シリーズをおさらいしようと考えました。

具体的には、下記の3本から抜粋して読み、紹介をしました。

①『巷談絵巻ジョン・シルバー』
傷痍軍人であるシルバーが復員し、小春との安穏な生活に入るも
それに飽き足らず、出奔するまで。小春がシルバーを探す旅に出るところ。

②『ジョン・シルバー』1幕中盤と2幕冒頭
シルバーを求めて遍歴する九十九里の海岸で小春が紳士と出会い、
紳士に見初められる。シルバー探しの相談に乗りながら、小春を口説く紳士。

③『続ジョン・シルバー』1幕2場
夜の喫茶ヴェロニカで、小春と紳士(役名は"ボーイ")がどんな夫婦生活を
送っているか。シルバーの身代わりをさせられ、常に屈辱と嫉妬に晒される
紳士と、シルバーを思いきれぬ小春の哀しみ。

という具合でした。

ちょっと乱暴ではありましたが、上記4箇所を抜粋して読み、
間に起きた出来事を解説していくと、『ジョン・シルバー』シリーズの
概要が掴めてきます。

考えてみれば、
小春は家出した夫シルバーを追いかけながらも彼を見つけることができない。
純白の義足を大切に持ちながらも、それに応えてはもらえない。
紳士は小春に惚れ込みながらも、小春の胸にはいつもシルバーがいて、
彼がつけ入る隙がまったく無い。そういう意味で、二人ともいつも一方通行の
"愛の乞食"であるわけです。

そして、当のシルバーもまた、実は忘れえぬ相手がいる・・・
というのが『ジョン・シルバー 愛の乞食』本篇の内容です。
それはまた、来週以降に実地に読みながら解いていきましょう。

また、次週以降は"朝日生命の田口"が小春と誰の間にできた子で
あるかを考えながら読み進めていきます。