12/5(木)九州でやっている!

2019年12月 5日 Posted in 中野note
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『ジョン・シルバー』とは聞き捨てならない!
福岡でやっているイベントは、今週末12/8(日)まで。

『ジョン・シルバー三部作』上演中に九州から相談が寄せられました。
聞けば、11〜12月に行う唐さんを特集したイベントで、
以前、「大唐十郎展」のメインビジュアルに使った、
この写真を使いたいとのこと。

歓んでOKし、唐さんサイドや、
撮影してくださった首藤幹夫さんにも許諾を得て、
先方に使用の許可連絡をしました。

スケジュールやお金が自由になれば、飛んでいって参加したいくらい。
今頃、盛り上がっているのでしょうか。


ところで、この写真を撮った日のことは、ありありと覚えています。
撮影日は、忘れもしない2011年8月15日。

ちょっと前にヤフオクのくだりで紹介したように、
久しぶりのリサイタルを計画した時、
私が意識したのはもちろん、
1973年に行われた『唐十郎 四角いジャングルに歌う』でした。↓

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これの21世紀版をつくろうとしたのです。
唐さんは当時、ボクサーパンツとグローブを持っていました。
なぜ持っていたのかは、今後また紹介しますが、
それを見るなり、「唐さん、あれを衣裳にしましょう!」という具合に
事が運んだのです。

首藤さん、劇団員の禿恵と連れ立ち、唐十郎アトリエのチャイムを鳴らすと、
中から扉を開けて下さった唐さんは、すでにこの恰好でした。

「まずはインタビューを取りますから、何か上に着てください」と伝えても、
唐さんは「このままでいい」と気合い充分。
結果、かなりシュールな光景のインタビューとなり、
約30分間お話を聴いて、いざ撮影へ!

首藤さんが速やかにブルーバックを用意すると、
唐さんは「わかった。入場するところから行くから!」と、
ボクサーの入場から演じ始め、続いてシャドーボクシングへ突入。
ガードを下ろした状態からの地を這うようなアッパーを繰り返す唐さんに、
私と禿は狂喜し、首藤さんは満面の笑みでシャッターを切り続けました。

帰りの車中は「オレたち、良いものを見たなあ」という話題で持ちきりでした。
後にも先にも、あんなに楽しい終戦記念日を過ごしたことはありません。

12/4(火)『外套』と宝物②

2019年12月 4日 Posted in 中野note
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ご存知、岩波文庫です。自分が初めて買った時より、文字が大きい!
「自意識こそ宝物」と唐さんはよく言っていました。

『外套』の主人公・アカーキイは、
内向的で、いかにも目立たない存在です。
周りから馬鹿にもされている。
けれども、外套を新調するという大奮発をすることで、
彼が人並みに備えていた、
目立ちたい、脚光を浴びたいという思いが露わになります。
が、自分が主役であるはずのパーティではあっさりと無碍にされ、
その帰り道、強盗に出来たばかりの外套を奪われてしまいます。
警察署長に訴えても、さる有力者に訴えても、
かえってその僭越を怒鳴りつけられる始末。

すっかり悲嘆に暮れて、憤死してしまうアカーキイ。
亡霊となった彼は、いまやすっかり街の人々を脅かす存在となり、
やがて、自分を辱めた有力者の外套を奪い取って復讐を果たします。

彼が日々、慎ましく過ごした時間、
外套を新調するため、重ねに重ねた倹約、
新しくやってきた外套を、慎重さを尽くして恭しく扱う手つきは、
いずれも彼の内に眠る自意識のなせる術です。
普段、誰にも見せることの無い、彼の心の内。

秘めたる思いが多ければ多いほど、
その爆発はダイナミックに展開します。
結果、彼は亡霊となり、いびつな形ではありますが、
世間に打って出ることに成功します。


唐さんは、無名の、
役者とも言えないような役者が好きなのだと言います。
もっと言えば、無名の役者がその名を轟かせる瞬間を、
物静かで、とても人前で大声など出せないような青年が、
突然、猛り狂って弾けるジャンプの時を、
常に狙っていたように思います。
だから、『外套』を好むのです。

「自意識こそが宝物だ」と励ますように言ってもらったことが、
自分には何度もありました。
唐さんには、あまり落ち込んだり、
悩んでいるところなどは見せないようにしているつもりでしたから、
ドキリとさせられましたが、判っているのだろうと思います

ちなみに、この名翻訳は山田肇さんの手によるものですが、
唐さんにとっては、山田肇先生です。
明治大学の教授でしたからね。

他にも、唐木順三先生、木下順二先生という具合に、
学生時代に形骸に触れた方々を恭しく、敬意を込めて呼びます。
いかに唐さんが生真面目な学生であったのかが、
その呼び方から、唐先生の学生たる私にも伝わってきます。

12/3(火)『外套』と宝物①

2019年12月 3日 Posted in 中野note


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↑演出の岡島哲也さんと。若葉町ウォーフの入り口で。

先週の土曜日。若葉町ウォーフで一人芝居を観ました。
主演は、初めて拝見するSATACOさん。
パントマイム・アーティストです。

奇しくも、前夜のシルヴプレの柴崎岳史さんに続き、
二日間連続でパントマイムの方の舞台を観るという珍しい週末。

原作はニコライ・ゴーゴリの短編小説『外套』。
腕利きの舞台監督やプロデューサーとして活躍する岡島さんですが、
ウォーフの運営に関わるうちに久々に作品を作りたくなり、
「ヨルノハテ」という企画名で演出を再開されました、
今回はその第二弾です。

壁面まっ白の、ホワイトキューブを生かして広がる、
ペテルスブルクの雪景色。
舞台上に敷かれた一枚ものの白い紙は、
クシャクシャと揉み跡が付けられ、
SATACOさんが歩を進める事にたてる足音が、
感興を高めます。

SATACOさんがマイムも駆使して、
アカーキイ・アカーキエヴィチ・バシマチキンを演じながら、
寒空の下に終電を失った自身の体験を織り混ぜて語る、
という構成でした。

特に、アカーキイが慎ましい生活の中で他に楽しみも無く、
就寝前にも唯一の趣味にして役所での職務である清書に励むところ、
味わい深い佇まいでした。


さて、『外套』です。
これは、唐さんが『特権的肉体論』にも一節を展開する小説ですし、
薄くて読みやすそうだったので、大学一年生の時に手に取った作品です。
その時は、なんだかピンと来ず。

ところが、二十歳を過ぎた頃に再読して一気に覚醒、
それからはゴーゴリにはまり、
翻訳で手に入るものは未完の『死せる魂』を含めてほとんど読みました。

「我々は皆ゴーゴリの『外套』から生まれ出たのだ」とは、
ドストエフスキーの有名な言葉です。
また、ロシアのアニメーション作家、ユーリー・ノルシュテインは、
何十年もこの作品のアニメ化を志し、いまだ途上にあるようです。

小市民の悲劇には違いないですが、
哀しみの中に滑稽さ、愛らし差があり、身につまされる短編でもあります。
実に、それだけの観力がありますし、
唐さんも大いにこれを好むからこそ、
『特権〜」に収録されることになった文章を書いたのだと思います。

明日は、いつか唐さんと語り合った、『外套』の話をしてみましょう。

12/2(月)ヤフオクにあれが登場!

2019年12月 2日 Posted in 中野note
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↑  2011年11月に私がプロデュースした『21世紀リサイタル』の記録
 各曲を収めたCDと全編を録画したDVDが入っています。

先週末の土曜、
劇団の携帯電話を持つ津内口のもとに、問合せの電話があったそうです。
伺えば、上に挙げたディスクがヤフオクに出ていた、
ついては、どうやったら手に入るのか、
というご連絡だったとのこと。

その方には、あれは内々に、リサイタルに関わって頂いた方々や、
唐さんと私たち劇団の関係者にのみ差し上げているもので、
販売はしていないのです、という事を丁重にご説明したそうですが。
............。

そうですか。ついに出ましたか、不逞の輩が!(笑)


かく言う私も、しばしばヤフオクにはお世話になっていますので、
オークション自体には何とも言えませんが、
誰だろう?誰だろう?と、
面白半分に劇団員同士で話題になりました。

今はもう画面にありませんが、
それを見たという唯一の劇団員・米澤の証言によると、
初期の値付けが2,000円台だったとのこと。

舐めやがって!

それから、お問い合わせを頂くことで、
やっぱりニーズがあることも確認できましたので、
ありがたい気持ちがしました。


あの会は、それはそれは錚々たるメンバーにご出演頂きました。

唐さんを筆頭に歌い手が、
大久保鷹さん、安保由夫さん、稲荷卓央さん、度会久美子さん、
近藤結宥花さん、そして飛び入りの石橋蓮司さん。
演奏が小室等さんをはじめ、
めいなCo.の張紅陽さん、大貫誉さん、サトウユウスケさんに、
NRQ+向島ゆり子さん
司会には、十貫寺梅軒さんと赤松由美さん、
という座組みでした。

それぞれの方に、直に会いに行ったり、手紙を書いたり、
ご紹介を受けたりしながらアプローチして、
やっと整った布陣でした。

それ以前に、過去を振り返ることを潔しとしない唐さんに、
計画すること自体のお許しを得ることが最難関だった会でもあります。

仮に「唐十郎ファミリー」というものがあるなら、
自分は末っ子みたいなものですから、
拝むように出演をお願いしたら、皆さん協力してくださいました。
時には、「唐さんが待っています!」と殺し文句も使いましたが。

ともあれ、あれは自分のプロデュース業の原点にして、
大きな成功体験でもあります。

芝居の公演だけでなく、
それまで影響を受けて来た人たちに一同に会してもらい、
仕事をさせてもらいたい気持ちもありました。

唐さんの芝居のほとんどには劇中歌がありますから、
総合すると、歌だけで膨大な数になります。
それに、かつては「ボタンヌ袋小路」という路地での歌謡祭や、
「四角いジャングル」というリサイタルもあったわけですから、
久々にやりましょう、ということで企画しました。


「四角いジャングル」に影響を受けて、
たまたま観に行った大日本プロレスから借りたリングをステージにしましたが、
あれがどんなにスプリングを引き締めても、ボヨヨンと柔らかすぎる。

しまった!「四角い〜」はボクシングのリングだった!
などというトラブルもありましたが、
皆さんの温かさで終えることのできた、幸せな一夜でした。

またヤフオクで見かけたら、教えてください!

12月は熊野、1月は禿、2月は米澤!

2019年12月 2日

12月1日の今日は集合日でした。 

12月に突入しましたので、あらためて公演情報を載せたいと思います!

熊野、禿、米澤からコメントを頂きましたので、
それぞれの意気込みを是非ご一読くださいませ!

本日撮った写真を間違って消してしまったため、
(ああ、ごめんなさい。。)過去の写真と共に載せてお送りします。
公演情報も前回から詳細が更新されています!



熊野晋也よりコメント>>
(三部作の通し稽古後。先輩の肩を揉み、後輩に揉まれる熊野。)
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〈笑い〉
この言葉、僕にとってかなり恐ろしいものです。
劇団に入って間もない頃、椎野先輩に
「熊野は本当に面白くないなあ」と言われたこともあり、
笑いを取るのは、感動させることより難しいのではないか、
と感じていました。
誰かには「笑わせるのと笑われるのは違うんだよ」
と言われたこともあったっけ。
そんな苦手意識のある〈笑い〉を狙いにいくコントに縁あって挑戦します。
芝居とコント、共通項や違いはあるのか。
今、稽古を重ねていて思うのは、
「全力で大真面目に馬鹿をやる」
ここはかなり共通しているな、ということ。
かなりふざけたタイトルで、高尚なことは何一つないですが
熊野が〈笑い〉のために、大真面目に馬鹿をやっています。
魅力的で大馬鹿な共演者にも恵まれました。
ぜひ、遊びにいらしてください。

ーーーーーーーーー公演情報ーーーーーーーーーー

非凡集団T@kuma‬コントライブvol.5
‪『鉄腕マルメラーデ〜1たす2は4じゃない〜』‬


‪《会場》新宿シアターミラクル
《日時》
12月
‪12日㈭ 19:30‬★
‪13日㈮ 13:00/19:30★‬
‪14日㈯ 13:00/19:30‬★
‪15日㈰ 13:00/18:00‬

★:アフタートーク&BAR営業!
(お酒を飲みながら出演者によるトーク&交流イベントです)

《料金》3,000円

‪《↓ご予約はコチラ↓》‬
https://ticket.corich.jp/apply/104506/006/‬

《公演HP》
https://stage.corich.jp/stage/104506


禿恵よりコメント >>
(2014年の「パノラマ」の禿恵。 ブラックダリアという女性の役。
カタカナの役を載せてみました。)
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これまで幾度となく他人がしゃべるシェイクスピアを見てきましたが、
実際に発語するのは何しろ初めてです。
唐さんの本と通じると伺うことがありますが、
共通項を楽しみつつ真っ白な気持ちで挑戦します!
2日間のみですが、是非見に来てください。

ーーーーーーー公演情報ーーーーーーーーー

OKAMI企画 欣喜雀躍新春公演
『シンベリン』

2020年1月
18日(土)19:00
19日(日)13:00/18:00 
神奈川県立青少年センター2F HIKARI 
最寄り:桜木町駅

作 ウィリアム・シェイクスピア
脚色 波田野淳紘(劇団820製作所)
演出 中山朋文(theater 045 syndicate)

前売り
一般3000円
学生2500円
高校生以下1000円

11/16から予約開始予定(個人予約ページ↓)
https://www.quartet-online.net/ticket/golucky2020?m=0odfbcf


米澤剛志よりコメント>>

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ご縁があって座・高円寺の劇場創造アカデミーの修了公演に
出演させていただくことになりました。
休憩を含めて上演時間は5時間ほどになる予定!
 ジョン・ジルバー三部作と同様とても大きな作品ですが、
多くの方に見届けていただきたいです。
どうぞよろしくお願いします!


ーーーーーー公演情報ーーーーーーーー

劇場創造アカデミー10期生修了上演
『大いなる平和』 (『戦争戯曲集』第三部)


2020年2月21日(金)〜23日(日)
会場:座・高円寺1
作:エドワード・ボンド
翻訳:近藤弘幸
演出:松本修 生田萬 佐藤信 
料金: 一般2,500円/25歳以下1,000円
チケット発売日:1月21日(火)10:00
お問合わせ:座・高円寺 劇場創造アカデミー
TEL 03-3223-7500  メール academy@theatre-koenji.jp



11/30(土)ゲンを担ぎたい日もある

2019年11月30日 Posted in 中野note
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↑パントマイム「シルヴプレ」の柴崎岳史さんには、
笑顔の向こうにいつもピンと張り詰めた狂気、
本物の創作家であるという誇りに満ちた緊張感があります。
私の尊敬するパフォーマーの一人です。


昨晩、中野に行ってきました。
目当ては、柴崎岳史さんソロライブ、
実力折り紙付きのスタンダードナンバーの後、
腰砕けになるような音楽付き紙芝居でフェイントをかけ、
最後は、完全燃焼の長編で攻めてきます。
さすがタケシさん、納得のひとり舞台でした。


このライヴ、中野富士見町にあるplan-Bという劇場で観てしました。
JR中野駅から少し距離があるところを、
中野通りを走るように歩いて辿り着きましたが、
この中野駅に行く度に、ふと思うことがあります。

ご存知のように私の名前は「中野」と言いますが、
これは御先祖様には悪いのですが、あんまり良い名前ではありませんね。
小さい頃から「中野」の枕には「アデランス」か「サンプラザ」があって、
いつも物足りなさを感じてきましたが、
特に演出家や劇団代表としては、一層、切れ味も迫力も不足しています。

名前といえば、劇団を始めた頃、何人かの関係者は、
うちのトクちゃんの名前「禿恵(とくめぐみ)」を、
「いかにもアングラ好きそうな女子が付けた名前」と思っていたそうです。
が、あれは本名です。


話を戻すと、「中野」ってどうかなあとずっと思ってきました。
しかし、ある時、私は唐さんと接する中で、
なんだかこの苗字を悪くないなと思い始めた。

特に20台半ばくらいまで、私が抱えていたコンプレックスのひとつに、
自分は大学という、ある種守られた環境で唐さんに出会った、
というのがありました。
先生と生徒からスタートしたのでかろうじて相手をしてもらえたけれど、
演劇界や、あるいは、唐さんが血気盛んだった若い頃であれば、
歯牙にもかけられなかったのではないか、などと、とにかく自信が無い。
誰彼となく、実際にそういうことを言われたこともありましたしね。

現在では、まあ手加減してもらっていたなあ、ありがたいなあ、などと、
コンプレックスでなく、何割かの事実としてこれを受け止めていますが、
まだまだこれが生傷で、時折ひどくしみるような時には、
それまでイマイチだった苗字が役にたちました。

だって、初期の唐さんの周りを固めていたのは、
「大久保」鷹さんに「四谷」シモンさんです。
じゃ、麿さんはどうかと言えば、
あの方は御子息・大森南朋さんのお名前からも判る通り、
本名を「大森」というのです。
麿さんが「少女アセトアルデヒド」役として、
唐組の紅テントで大活躍した『電子城Ⅱ』のラストシーンでも、
「本名はオオモリ」という、
完全に悪ふざけとしか思えない断末魔をあげて舞台を去ります。

どうです?
駅名シリーズとしては、「中野」は悪くない!
唐さんと一緒に物づくりをする資格、完全に大アリです。

生意気ですが、自信の無さの裏には、
師匠と弟子だけでなく、作家と演出家の関係でも付き合ってんだ!
そういう気概もある。

もちろん、普段からこんなことを思っているわけではありませんが、
打ちひしがれるようなことがある時、
こんな、どうでもよいことまで持ち出して自信の足しにした日々を、
あの駅に行くと思い出します。


11/29(金)勝負は「池の蓋(ふた)」②

2019年11月29日 Posted in 中野note
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ちょっと分かりにくいんですが、池の蓋がスライドして徐々に開く場面


『下谷万年町物語』の舞台美術はややこしい。
スタンダードに上演する限り、まずは、もちろん長屋が必要です。
オカマ100人が住むのですから、その規模は言わずもがな。

もうひとつ、大変なのは瓢箪池。
ヒロイン・キティ瓢田は、1幕の終わり、
この池の底から浮上して登場します。
つまり、この池は舞台袖につながっている必要がある。
ヒロイン役の女優は、
袖から池に入って、潜水して進み舞台中央に進み、
タイミングを見計って、ガバッといくわけです。

もちろん、水底で控えている間に呼吸をするために、
何らかの仕掛けも必要です。

と、ここからが今日の本題。
経験者たる濃野さん曰く、本当の敵はその後に現れる。
すなわち「池の蓋」。

私たちは、初めにこれを伺った時、
正直、よくわかりませんでした。
何故って、世の中に数多ある池に蓋はありませんから。
「池の蓋」そのものが、
この世の中に無い物と言って過言でない。
池の蓋?

でも、お話を聴いて、よくよく考えたら判ってきました。
『下谷〜』のセットの真の難しさは、劇中劇の仕掛けと関係がある。

つまり、同じ長屋でも、『下谷〜』という劇の中での本物の長屋と、
軽喜座とサフラン座による合同公演『娼婦の森』の劇中劇に出てくる、
偽物の長屋があるんですね。

で、本物と偽物の長屋と言っても、
土台、全体が作り物の演劇ですから、
そもそも本物の長屋だって、唐ゼミ☆が造った偽物の長屋に過ぎない。
ですから、持てる技術の全てを尽くしてベースとなる長屋を造ったら、
それより偽物っぽい劇中劇用の長屋も造る必要があるわけです。

さらに、最終幕の終盤、クライマックスにおいて、
偽物の長屋が並ぶ劇中劇『娼婦の森』の稽古場から、
いきなり1幕で出ていた瓢箪池に、舞台が飛ぶ。

だから、「池の蓋」がとにかく重要。
暗転すれば絶対に間が抜けるこのシーンにおいて、
できるだけ速やかに、できるだけ音も無く、
舞台前面の過半を占める面積の池を覆う「蓋」を払い除け、
さらにその「蓋」を舞台上から消す必要があるわけです。

後ろの方のシーンだからといって、
手前に出てくる長屋や池ばかりに気を取られていると痛い目を見るよ、
ということを、濃野さんは先輩として教えてくれたのでした。

さらに、私たちは初のテント上演への挑戦でしたから、
ラストに名物、屋台崩しがあり、
この、濃野大先輩も未踏の領域を達成するために、
劇団員は難儀してくれました。

『下谷万年町物語』のセットについては、
劇のテーマを伝えるために、さらに望まれることが多数あり、
まだ達成できていないところが随所にあります。

いつか、完璧にこの劇が求めるものを達成したいという衝動が、
今も自分の中にあります。

11/28(木)勝負は「池の蓋(ふた)」①

2019年11月28日 Posted in 中野note
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ひと月ほど前、舞台美術家の濃野壮一さんから届きました。
これまでの氏の数々の業績、ロシア・アヴァンギャルドと舞台美術、
その日本への影響に対する考察に溢れた素敵な冊子です。



昨日ご紹介した都橋商店街のバー「はる美」への来客ですが、
募集していた出演者の他にも、
強烈な印象を残して行った方が何人かいました。
その筆頭が、濃野壮一さんです。

濃野さんこそ、『下谷万年町物語』初演の演出助手、
唐ゼミ☆上演の際、さまざまな知恵を授けて下さった恩人の一人です。

そもそも濃野さんは、初めて私たちが東京で公演することができた、
2006年頃からのお知り合いでした。
前にこのゼミログで、東京スカイツリー建設予定地で公演した時の話を
書きましたが、その時からのご縁です。

私たちが2008年の春、翌年の『下谷万年町物語』上演を宣言した折、
真っ先に反応して下さったのが濃野さんでした。
濃野さんは、70年代に京都の美大を卒業して東京にやってきた方で、
蜷川幸雄さんに関わりを持つ中で81年の『下谷〜』初演の座組みに加わり、
以降、状況劇場の美術も手掛けたデザイナーさんです。

オカマ100人芝居を謳い、出演者が多すぎるゆえに、
当時はまるで映画のように4人の演出助手がいたそうですが、
濃野さんはそのサード(3番手)だったと伺いました。

あの演目を上演する苦労を熟知するがゆえに、
私たちの募集チラシを見て大いに心配し、連絡してきて下さったのです。
ならば、という事で早速「はる美」にお招きし、
当時の劇団員で濃野さんを囲むことにしました。

濃野さんのお話は、初演時の資料も持ち出しながら多岐に渡りました。
オカマ軍団の頭領「お市」を演じた塩島昭彦さんの話題から、
蜷川さんのお遣いとして、唐さんのもとに原稿を取りに行ったエピソード、
後に手掛けた状況劇場での舞台美術、
唐十郎×蜷川幸雄×パルコ劇場の第二弾『黒いチューリップ(83年)』など。
豊富な話題にご本人の話芸も加わり、いずれも爆笑の連続でした。

で、肝心の『下谷〜』の美術を構想する時の注意点についてなのですが、
濃野さんが口を酸っぱくして言われるには、
この演目の勝負どころは意外にも長大な長屋の造作でなく、
「池の蓋(ふた)」にあるらしい。

「池の蓋」!?......明日に続きます。

11/27(水)長屋の住人は長屋で集める

2019年11月27日 Posted in 中野note
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野毛近く、大岡川沿いにある都橋商店街、ここが面談の場所でした。
1964年、東京オリンピックの年に整備された飲食店が連なる長屋。
今日、近くを通ったので撮影!

能雄さんの話をしながら、思い出しました。
私たちは『下谷万年町物語』の出演者を募る時、
とにかく、普通のオーディションや面談は避けようと考えました。
普通のやり方では、私たちが考える乾坤一擲の芝居はできない、
そう直感したのです。

ずっと劇団員だけでやっていましたから、同じとまではいかなくとも、
何かそれに迫るような、少し変わった、特別な出会い方をしたかった。
そこで思いついたのが、この場所でした。

この中の一軒「はる美」は、知り合いが週末だけやっているお店で、
平日は閉まっていました。
そこで、このお店を出会いの場所にするべくお願いをしたところ、
特別に協力してもらえることになったのです。

出演者募集のチラシを撒いて、興味を持った人が電話をかけてくる。
そうすると、
「毎週水曜日にバーをやっているから、そこに会いにきてください」
と誘うのです。
◯月◯日(水)19-20時は誰々、という感じでスケジュールを組む。
あとは、
台本と、ちょっとしたツマミとお酒や炭酸水を用意して待っていると、
様々な人がこの環境を怪しんだり、緊張しながら訪ねてくれました。

この面談、
次の人の時間になったから交替で店を出なければならない、
ということはなくて、
ただ、新たにやってきた人がここからの1時間の主役の時間ですよ、
という感じで運営しました。

週によって、3人も4人も立て続けに会う日もあれば、
この日は1人だけという時もありましたが、
けっこう楽しく、にわかバーテンをやりました。

劇団のお客さんが、会いにきてくれることもあり、
割と繁盛した日もあります。
時には間違えて入ってくる本物のお客さんもいましたが、
そういう人は「すみません、今日は劇団のミーティングなんです」
とお断りしました。
行商の人が、大福やちょっとしたおもちゃを売りに来るのも、
大いに楽しみました。

明日は、浅草での『下谷万年町物語』を目指すために、
ここで繰り広げられた出会いや話題について、
思い出してみましょう。

11/26(火)韓流ミュージカルからベトナム現代演劇へ

2019年11月26日 Posted in 中野note
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今日は、13年ぶりにテアトルフォンテでの公演に関わってきました。

という本題に入る前に、
昨日のゼミログ、鈴木能雄さんの追悼展について書いたのを、
椎野が息子さんにお知らせしたところ、
ツリーハウスは私が作っています。父は大工は大の苦手でした...笑
と返ってきたとのこと。
お宅の窓から見えるツリーハウスの片付けられた跡を眺めて、
なんとなく能雄さん、得意そうだったからと、
思い込んでうっかり書いてしまった私が悪いのですが、
能雄さんが大工が苦手だったと思うと、
それもますます面白い。合掌。

そういうわけで、すでに修正済みです。


ここからが今日の話題。
今日は、横浜市泉区のテアトルフォンテで、本番をやってきました。
神奈川芸術劇場の仕事のひとつで、
ベトナム人と日本人が混成キャストで送る
チェーホフの『ワーニャ伯父さん』公演があったのです。

この劇場、思い起こせば過去にお世話になったことがあります。
あれは2006年のお正月下旬、
新宿梁山泊の金守珍さんからの紹介で、
韓国の全州大学と横浜国立大学で大学間交流をした時のことです。
私たちは、全州大学の先生が演出し、
学生たちが演じる、伝統ミュージカル『春風の妻』を招聘したのです。
作者は、唐さんの友人である呉泰錫(オ・テソク)さんでした。

その当時は、2003年に唐さんが大成功した『泥人魚』の、
韓国語版のリーディング公演を呉さんが演出された後だったと、
記憶しています。

呉先生と唐さんがいつからのご縁だったのか、
詳しいことは分かりませんが、
私の聞いたところは、お二人は知り合ったばかりの頃、
自らの酒豪ぶりをアピールするため、
朝食の白メシにウィスキーをかけて牽制し合ったそうです。
相手を威嚇するため、旨くもないウィスキーご飯をかっこむ二人、
なんとも微笑ましい光景と友情です。

呉先生の台本を、
伝統楽器や伝統舞踊を援用したミュージカルに仕立ててある。
そういう公演でした。
朝から晩まで訓練された韓国の学生たちは、達者な人ばかり。

当時、朝6時に横浜国大の中にあった宿舎に行って朝食をつくり、
稽古の終わった彼らを送り届けて25時、という生活でした。
それから幾星霜。
今日は、ベトナム人をお迎えしての公演だったのです。

テアトルフォンテ。
懐かしみながらお世話になりましたが、
2006年の働きがあって、唐ゼミ☆はその後、
二度も全州に行くことになったのです。
そこで『ユニコン物語』と『盲導犬』をやった時の話は、
また今度しましょう。

そうそう。これも思い出したのですが、
90年代に唐さんは、
このテアトルフォンテで公演したことがあるそうです。
演目は確か『動物園が消える日』で、
当時、できたばかりのこの劇場の客席を、
唐さんは紅テントで覆わせたそうです。

劇場の中のテント。
能舞台のような風景だったんでしょうか。
まさに、屋上屋を架す。

そんなことを想像しながらベトナムの名優たちの演技を眺め、
あの劇場の客席にいたことも、良い体験でした。