11/14(木)浅草に通い始めた頃

2019年11月15日 Posted in 中野note
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消費税が2%上がり、駐車料金は10%上がった。

自分の車を持つようになって2年半経ちます。
主な目的は、神奈川県内をウロウロすること。
これも、昼に働いている神奈川芸術劇場の仕事の一環です。

一方、都内に向かえば、
すでに多くの道に自分が精通していることに気づきます。

浅草に通い始めた頃の私たちは、
一ヶ月借りるのは安いけれど、
ちょっとでも擦ると高くつく
江戸川区のレンタカーからトヨタハイエースを借り、
そこに沢山の劇団員と物を積んで、
横浜と浅草の間を往き来していました。
春と秋、年に2回の公演でしたから、
一年のうち延べにして一ヶ月半以上通い、
もう首都高横羽線〜上野線が大の得意になりました。

芝居が跳ねて、24時過ぎの帰り路は眠かったけれど、
40分もあれば横浜に着く。
あっという間でした。
都内の他の道も、憶えたのはこの頃です。

いまだに用があって浅草に行くと、
浅草寺から言問通りを越えたところにある曙湯に行きたくなります。
夜中までやっている喫茶店「ロッジ赤石」のカツ重(カツ丼ではなく)は、
他に何処よりも美味しいとんかつの丼だと思っています。
また、当時は落ち着いた雰囲気だった
「おにぎり宿六」はいつの間にかミシュランで星を取り、
手の届かないところになってしまいました。

それまで、公演ごとに青テントを建てる場所を求めて
彷徨っていた私たちにとって、
浅草は約5年間の安住の地でした。
ここでお世話になった方たちは、
いまだに足を向けて寝られない存在です。

そしてもちろん、浅草は幼い頃の唐さんの遊び場でもある。
公演をさせてもらった、『下谷万年町物語』から『青頭巾』まで、
あの場所で過ごした時間を、明日から徐々に思い出してみます。

11/13(水)神谷バーのバーテンさん

2019年11月14日 Posted in 中野note
昨晩、別の仕事の現場でこの方に会いました。

念のため、写真を2枚撮ったのですが、
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彼が笑えば、私が目を閉じ、

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私が笑えば彼が目を閉じている、

この謎めいた方は、
そう、
先月の唐組秋公演『ビニールの城』で
神谷バーのバーテンを演じていた、
影山翔一さんです。

ちなみに、私たちは初対面でした。
神奈川芸術劇場の仕事、
日本人とベトナム人による共同制作する
『ワーニャ伯父さん』公演で、
現場を2週間ほどご一緒することになりました。

お互いが自己紹介するなかで、
オレ、紅テントに出た、
オレ、唐ゼミ☆やってる、
重村さんと熊野さんと十三さん知っています、
私も先月あなたを観ました、
という会話になりました。

『ビニールの城』のキーアイテム、
「電気ブラン」といえば浅草・神谷バーです。

他方、影山さんは椿組にもよく出演されているそうです。
椿組といえば、主宰の外波山文明さん。
かつて浅草の「はみだし劇場」「稲村劇場」で
活躍されていた方でもあります。

私は20代の終わりに、
浅草でお世話になっている
お蕎麦屋「十和田」の女将さんにお遣いを頼まれ、
新宿東口のワシントンホテルで行われた
外波山さんの還暦お祝い会に伺ったところから、
外波山さんに声をかけてもらえるようになりました。

私たちが花やしきに青テントを建てていた頃、
芝居で使う下駄や雪駄を修理しに浅草にやってきたトバさんが、
差し入れをして下さったこともあります。


かくして、浅草について語る機は熟しました。
これはもう、話題がいっぱいあります。
明日に続きます!

11/12(火)もしも唐ゼミ☆が上演したら

2019年11月13日 Posted in 中野note
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↑今日の景色。こういうのを「夕まづめ」と言うのだと、むかし唐さんに教わりました。


さて、時には飛び飛びでしたけれども、
『少女仮面』のことから話してきました。

また年明けから、上演がいくつもあります。
唐さんの代表作ですし、
3場の1幕もので、やり方にもよりますが上演時間は1時間半ちょっと、
現場にとってもやりやすい演し物です。

思い返せば、これまでに沢山のバージョンを観てきました。

唐組の久保井さんが演出された伊東由美子さん主演のもの、
小林勝也さんが折に触れて演出される文学座研究所のもの、
同じく小林さんが別の若い劇団を演出された北池袋の小さな劇場で上演されたもの、
そうそう。劇団俳小による上演は春日野が女型で、
お風呂に片足を入れるシーンはこれまで観た中で最もインパクトがありました。
宇野亜喜良さんの美術が印象的だった新宿梁山泊による上演は、
唐さんの娘である美仁音さん扮する「貝」が喫茶店を舞台に、
妙に横柄に振舞っていたのがコミカルで印象に残っています。

また、同じ梁山泊の金守珍さん演出で、
李麗仙さんが主演されたものもスズナリで観ました。
これはやはり、登場から圧倒的に李さんの世界だったのですが、
同時に、登場から「吐気を催す程ゆっくり歩いてくる」と記されているト書きを、
完璧に遵守した上演でもありました。
台本の隅々に至るまで、一徹な演技・上演でした。

唐さんが演出して近畿大学の学生たちが出演したバージョンもよく覚えています。
あれは、満州平原より現れる甘粕大尉の一行が客席花道よりやってくる点で、
他の上演とは一線を画していました。
普通は奥からやってくるんですが、こっち側が満州というユニークな世界でした。

当の唐さんご本人の口からは、
早稲田小劇場による鈴木忠志さん演出の初演と、結城座を佐藤信さんが演出した人形芝居版が、
とりわけ優れた、これまで観てきた中で双璧の上演であると伺ったことがあります。

ちなみに、もしも自分が上演するのであれば、いつも通り、肩の力を抜いて普通にやりたい。
心の中は乙女として現役、孫に夢を託す若づくりのお婆ちゃんですとか、
夢に胸を膨らませてやってきた世界を、かえってその曇りのない眼が崩壊させてしまう貝ですとか、
老婆と貝の間にいるはずの、貝の両親の存在感がかくも抜け落ちていることの意味とか、
考えながら作ります。

そしてやっぱり、喫茶店の舞台に必死に演劇と夢にしがみついている、
春日野とボーイ主任の夫婦は全力で造形しないといけない、などと考えます。
まず、登場人物のことが一番気になる。
それからセットや照明や音楽や、イスやテーブルや人形や仮面の造形を考え、
テンポや強弱の配分を思案する。そんな感じです。


やっぱり唐さんは、宝塚歌劇を観ずに書いたのではないかな、と自分は直感しています。

初演当時。岸田賞で耳目を集めたこともあって、
その頃は東宝にお勤めであり、後に高名な演劇評論家となる渡辺保さんは、
宝塚から問い合わせを受けたそうです。
その際、渡辺さんは、実際の宝塚や春日野八千代とは関係のないものだと説明した、
そう何かに書いていらっしゃいました。

私が『少女仮面』について受け取っているところでは、
「宝塚」や「春日野〜」はやはり唐さんの中の観念的なイメージであって、
渡辺さんがおっしゃるように実際的ではないように思います。

同じ、「男装の麗人」の描写では、81年初演の『下谷万年町物語』に出てくる、
ヒロイン「キティ瓢田」の方がよほど肉感的で、書き手の実感が伝わる存在だと感じます。
上野・浅草が小さい頃の遊び場だった唐さんですから、
やっぱり関西の宝塚より、国際劇場で観た松竹歌劇団だったのではないでしょうか。


というわけで、『少女仮面』の話題はこれで一区切り。
明日以降は私たちもお世話になった「浅草」をキーワードにしてみたいと思います。
私たちもお世話になった「浅草」をキーワードにしてみたいと思います。

11/11(月) 歌も教わってきました

2019年11月12日 Posted in 中野note
昨晩、かなり嬉しい体験をしたので、
舌の根も乾かぬうちに脱線し続けることにします。
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これ!
KAAT(神奈川芸術劇場)の仕事で関わる機会の多いよこすか芸術劇場まで、
ヒロリンのコンサートに行ってきました。

当初は『シンデレラハネムーン』を生で聴くのが目当てだったのですが、
唐さんを通じて知った、あの歌を唄ってくれたのです。
『すみれ色の涙』
https://www.youtube.com/watch?v=WCb9H0dOViU

懐かしいですね。
私にとってこの歌は、大学に入学した1999年に、
唐組秋公演『秘密の花園』で稲荷卓央さんが唄っていたアレでした。
唐さんが歌わせると、
「♪ブルーな恋人どうしが」
の部分が、
「♪青ざめた誰かと誰かが」
という替え歌になっていたような気がしますが、
これを生で、オリジナルのヒロリンで聴けたのは幸せでした。

思えば、唐さんには色々な歌を教わってきました。
例えば、山口百恵の『ひと夏の経験』
94年に初演され、私たちも2002年に上演した『動物園が消える日』1幕の
相当くだらないシーンであの歌を流すと、
あっという間にひとつの場面が完成しました。

他に思い出深いのは、石川セリの『八月の濡れた砂』
私たちが2004年の春に取り組み、
翌年には新国立劇場でも上演することになった『盲導犬』に
「八月の濡れた砂......」という科白が洒落っぽく出てきたので、
さっそくCDを調達し、同じ場面でイントロをかけてみました。
久々にあの曲を聴いた唐さんは大層よろこび、
稽古後の飲み会で、ラジカセを延々リピートさせました。
ちょうど、『少女仮面』執筆時に十貫寺梅軒さんにさせたように、
「もう一回、もう一回」という感じで、湯呑みでいいちこを飲んでいたのを思い出します。

そんな風にして、本や映画や音楽や、時には食べ物まで、唐さんに教わったものは数限りありません。
後年、蜷川さんのプロデューサーだった中根公夫さんと対談した時、
中根さんが幼少期に好きだった紙芝居『少年王者』の話題に完璧についていけたのは、
唐さんの教育のたまものです。

それらはまた別の機会にしましょう。

明日こそ、『少女仮面』に一区切りつけよう!

集合日!

2019年11月11日
こんにちは、林です。
集合日でしたので、中野さんにかわり林がお届け致します。
よろしくお願いします!


さて、今日はーーー

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SNSを最近始めたメンバーも多いので、「ツイッターとはなんぞや」という話になって
ツイッターの使い方講座が始まる。

講師は熊野晋也。

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「リツイートってなに?」 
「いいね、は他の人も見えるの?」

普段使い慣れてる面々からすると、思った以上に基本的な質問が飛び交う。

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その、使い慣れてる面々。もはやちょっとした待ち時間。(斎藤、佐々木、岡村)

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さっそく更新ができなくなり始めた米澤。(早い、早すぎる。)
わりとツイート頻度の高い重村先輩。(心なしか余裕の笑顔。)

といったこともやりつつ、その後は休憩を挟んで、上演候補である台本の読み合わせ。
冒頭部分を少し読みました。

参考資料や読んでおくべき本などをメモしながら、ゆっくり、まっさらな状態から声を出していく。
ここからは読み合わせをしばらくやっていくことになりますので、
またその様子も詳しくお届けできればと思います。

ひとまず今日はここまで。
では、また中野さんのnoteをお楽しみください。







今日は劇団集合!

2019年11月10日 Posted in 中野note
おはようございます。
今日はこれから劇団集合。
というわけで、本日のゼミログは麻子さんにお任せ。
私のnoteはまた明日。
麻子さん、宜しくお願いします!

『少女仮面』に話を戻そう。

2019年11月 9日 Posted in 中野note
脱線が過ぎました。

そろそろ『少女仮面』を終えて別の話題に振りたいと思いますが、
なんというか、唐さんのこととなると、話題が尽きないですね。

この「脱線が過ぎる」というキーワードで数々の例を挙げながら、
私は一週間以上保たせられる自信があります。
それはもう、唐さんの芝居は延々脱線しますからね。

この間、私たちが上演したばかりの『あれからのジョン・シルバー』1幕でも、
白スーツの悪役「闇屋」が、主人公たちとの対決の最中、突如として、
自分が間違えて女性専用列車に乗ってしまった時の周囲の白い目と、
それに対する恨みつらみを述べ立てるくだりがあります。
そこで生まれた負のエネルギーを糧にして、闇屋は主人公たちにますます立ちはだかる。
明らかな八つ当たりです。

あんなの、明らかに唐さん個人か、あるいは当時出演していた誰かの実体験をまくし立てたもので、
芝居本編の進行に関わりが無いことは明白ですが、
あの脱線をスピンオフとして愉しみ、
一方で肝心の筋も忘れずに軌道修正するというのを、
私は唐さんとのお付き合いの中で身に付けました。

まあ、先ほどの例はまだまだ可愛いもので、
筋と関係ない話題に台本にして10ページ以上をかけたり、
エンディングでもまったく回収されないエピソードが、
唐さんが生み出した数々の作品には溢れています。
こういう場合、私も目的地を忘れて道草したまま帰って来られない時もありますが、
それはそれで、ひとつの豊かな体験でしょう。

............。
ああ、今日もまた戻って来られなかった......
『少女仮面』、次回で一旦締めます!

具体的すぎる例

2019年11月 8日 Posted in 中野note
昨晩に続き、
唐さんがいかに具体的かという例は他にもあります。

例えば、
私たちが学生時代に唐さんの勧めで上演した、
『腰巻お仙〜義理人情いろはにほへと篇』。
コンパクトな場面を連ねた四幕もの、
何より、唐さんが初めて紅テントを建てて公演した演目、
という記念すべき作品ですが、
その2幕を稽古していた時に唐さんのアドバイスが飛びました。

場面は、怪しげな医者「ドクター袋小路」が、
想いを寄せる「かおるちゃん」を訪ね、ストーカーよろしく迫るシーン。
かおるの父「床屋」は袋小路を追い払うために娘は不在であると伝えます。
すると、目ざとく戸口の床近くにかおるの脚が見え隠れするのを発見した袋小路は、
本当は彼女は家にいるはずだと床屋に迫ります。
袋小路を誤魔化すために床屋が吐く科白、
「あれは大根です。」

私たちは、当然ながらかおるちゃん役の女子を戸の裏に立たせて脚をチラチラさせました。
が、そのシーンを見た唐さんはこう言うのです。
「あれ、本物の大根に変えよう!」
さっそく大根を二2本買ってきて入れ替えてみると、確かに面白い。
しかし、面白さに走るあまり、脚を大根だと嘘ぶいたという設定が揺らいでしまっています。
ストーリーとしてはちょっと難解になるのですが、
唐さんはそういう面白さに走る創作家なのです。

冗談が本当になってしまう、というか、
具体物を異様に愛するところが唐さんにはあります。
私が、師匠には敵わないなと骨の髄まで脱帽するのは、例えばこういう部分です。


これを書きながら、他にも似たような例を思い出しましたが、
この頃、唐組の紅テントで『糸女郎』という芝居がありました。
その初日、新宿花園神社で行われた1幕の終わりで、
ヒロインの口から出る長いひとすじの糸が、
仕掛けの不具合で上手く出なかったことがありました。

初日といえば、客席にお歴々を迎えるハレの舞台。
渾身のシーンが決まらなかったことに業を煮やした唐さんは1幕終了と同時に激怒し、
頭を下げる唐組の皆さんを前に、地面の砂利を口に放り込みながらこう言ったそうです。
「オレに砂を噛む思いをさせやがって!」

当時、私は客席にいたので、正確にはこれは後から聞いた話なのですが、
劇団員の皆さんは恐々としながらも、座長の行動に唖然としてしまったといいます。
それはそうでしょう。"思い"どころか、実際に目の前で砂を噛んでいるんですから。

この圧倒的な真剣さ、
抽象性とは程遠いこの徹底した具体性こそ、唐さんの真骨頂だと思います。
唐組の皆さんには少し申し訳ないのですが、私は今も感動しています。

下町の塔

2019年11月 7日 Posted in 中野note
ここ二日間は『少女仮面』を通して、
鈴木忠志演出の抽象性についてお話ししました。
何せ、透明の水が真っ赤に見えてくるくらいですから。
それはそれは凄かったのだと思います。

一方、私の知る唐さんは、
単に仕掛けによって水を赤く染める人、というだけではなくて、
徹底した具体性の創作家だと思っています。

唐さんの作品は訳がわからないとか、
エキセントリック、あるいはシュールだとか思われがちなのですが、
よくよく向き合っていけば、
ひとつひとつの設定や科白が、
どこかしら具体性に根ざしていることが判ります。

例えば、唐さんが23歳で初めて書いた台本は、
『24時53分「塔の下」行きは竹早町の駄菓子屋の前で待っている』
という長いタイトルの芝居なのですが、
これは要するに、
下町の真ん中に謎めいた塔があって、
長屋の住人たちはひたすらにその塔をぐるぐる回りながら登り、
ただ身を投げ出して死んでゆく、という物語です。

もちろん、中にはそれ以降の唐さんを想わせる少女のリリカルな科白や、
塔の番人めいた謎の男なども登場するのですが、
"無為"と"死"を基調とした、若書きらしい観念的な設定、物語性は希薄です。
いかに唐さんといえども、そこは、未だ何者でもない若者が書いた台本という感じで、
これから何を為すでもなく、ただ無為に時を過ごして死んでいく事への恐れや苛立ち、
青年特有の諦めの態度が、この処女作には溢れています。

ところがです。
何年頃だったかは忘れてしまったのですが、
ある時、例によって唐さんと居酒屋に行った帰り、
酔って気持ちよさそうに道路に寝そべった唐さんはこちらにも同じ姿勢になることを勧め、
面白がってそれに応じた私にこう言ったのです。
「下町の長屋は、自分が横になると"塔"に見えるよな...‥」

この言葉を聴いた時、
私は処女作に込められたリアリズムをまざまざと理解したように思いました。
下町には、確かに"塔"がある!


ちなみに、この作品の上演こそ唐十郎ゼミナール一期生に課せられた課題でした。
2000年度のことです。
この時の私はまだ2年生で、3年生から参加資格を持つこの公演には参加していません。
当日はまだお手伝いをするのみで、観客誘導の担当でした。

「能」に学ぶ

2019年11月 6日 Posted in 中野note
昨晩は「水道のみの男」の話でした。

透明の水が役者と言葉の力で、やがて血の赤に染まる。
これはやっぱり、鈴木忠志さんがいかに「能」の影響下にあったのかということと、
関係があると思う。
なにせ、早稲田小劇場で『少女仮面』が上演される前の公演は『劇的なるものをめぐって』。
直後の公演は、『劇的なるものをめぐってⅡ』。
別役実作品で出発した早稲小のキャリアが現在に通ずる鈴木演出、
すなわち「現代の能」として溢れ出す代表作の最中に、
唐さんとの仕事がある。

何日か前、『少女仮面』と『吸血姫』の比較のくだりで、
両者の構造を「序破急」と書いたけれど、
一幕を三場に割った劇構造はもちろん、「仮面」を主題とすることも、
前作『劇的なる〜』を受けた唐さんの応答に違いない。

唐さんはご自身の中に強烈な世界を持つ方ですが、
同時に、周囲の人や事に鋭く反応し、芸の肥やしとする人でもあります。
そういった面が、よく現れているようにも思います。


ところで、「能」と言えば、今度、講座をやります。
今年は2016年から続けてきた連携講座、
KAAT神奈川芸術劇場×YNU横浜国立大学「芝居の大学」の四年目に当たります。
運営側としては三年を一区切りととらえているので、
今年度からは新シーズン、
「移動型公共劇場はいかにして可能か」をテーマに、
ゲストを呼んで縦横に語り尽くします。

その際、12/14(土)18:30-21:00に、
「錬肉工房」の岡本章さんをお招きします。
世阿弥の再来と言われた観世寿夫さんに衝撃を受け、
鈴木忠志さんとは違った意味で「能」の文法を我がものとした表現を続ける岡本さんに、
ミニマムな舞台の持つ爆発力や豊かさについて伺います。

会場は、横浜市上大岡駅から歩いたところにある久良伎能舞台、
実際の稽古を行う空間で、実地に「能」について語って頂きます。
誰でも参加できます。
興味のある方は、唐ゼミ☆にお問い合わせください。
劇団唐ゼミ☆:070-1467-9274
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