9/24(日)『夜叉綺想』本読みWS 最終回

2023年9月24日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑もっと牛乃をぐったりさせるべきであった、と反省したいエンディング。
なんとなく闇に浮かぶ巨大な牛をご覧ください(写真:伏見行介)

先ほどまで本読みを参加者の皆さんとしました。
不思議な後味。これが『夜叉綺想』です。

いつもだったら日曜の夜は劇団員の日記。
月曜日に前夜のレポートという流れですが、
最終回を終えた後味のまま書きつけてみようと思い立ちました。

ラスト、物語は単純です。
牛乃京子と野口が一致団結して転落花横丁からの脱出を図ります。
二人の手は牛乃のかけた手錠で結ばれ、完全な協力関係です。

しかし、皆がそれを阻む。
娼婦たちが撒いたポスター掲示用の画鋲がそれです。
(忍者の撒くマキビシみたい)

次に、マニキュアの紳士こと薬学博士のサイトーが仕込んだ
毒を煎じた液体が地を流れます。傷ついた足から毒が入れば命取り!

そして、斧を構えた博士。さらに、娼婦たちは木綿針を持ち、
針先には地を這う毒汁がつけられます。

野口と牛乃は大ピンチ。

すると脇の方で、
若いヒモとケイコに似た女・桂が駆け落ちしてこの苦界を
抜けようとします。が、博士が施した手術によって桂は錯乱、
思わず手にした毒針を愛するヒモに刺してしまいます。
そのことを気に病んで、自らをも刺して自死。

激昂したヒモはこと切れる前にドスを博士に向けますが、
これが誤って牛乃に刺さってしまう。そこから乱戦で、
サイトーと刑事にはがいじめにされた牛乃と野口を博士の斧が
襲います。結果、野口の手首は切り落とされてしまう。
(このへんは、1973年秋に初演された『海の牙 黒髪海峡篇』を彷彿)

皆が去った後、取り残された野口と牛乃。
野口は手首から先を切り落とされ、牛乃は腹を刺され毒も回っています。
まさに満身創痍。ここで牛乃は、ヒマラヤ山岳民族の末裔たる
長野の被差別部落民の呪術性を発揮して、野口の胸に針を刺して
血文字をつくり、それをすすることで状況を打開しようとします。
(呪術的にそういう方法があるのだそう)

しかし、それでUFOが飛来してハッピーエンド
(『唐版 風の又三郎』のヒコーキとまったく一緒のパターン!)
と、思いきや、志半ばで牛乃が死にます。

結果、野口は闇に閉ざされ、そこに一条の光が刺すと、
闇の中より巨大な牛が現れて、牛乃の死骸を連れ去ります。
牛乃の手首には手錠、そこに繋がれた野口の手首を道連れに、
牛乃京子は闇に呑まれていきます。

巨大牛の鳴き声にゴーシュが演奏した「愛の讃歌」の旋律が
含まれていることから、巨大な牛は、ゴーシュの思念か、
被差別部落民の魂が結集したものとも読み取れます。

ともかくも野口は、閉ざされた世界の中で手首から先を失います。
まるで、留置場の壁のシミから吹き出す悪夢が彼の希望を持って
いってしまったようなエンディングです。

「マブ、マブ、ドリュイド!」
そう叫ぶ野口の呼びかけもまた闇に呑まれます。

・・・というエンディングでした。
前作『唐版 風の又三郎』と異なり、バッドエンドです。
好悪が分かれるところとも思いますが、唐さんが知恵をひねって観客の
期待を裏切ろうとした成果です。怖くて不思議な物語。
すべてが、野口が留置場壁のシミの向こうに見た悪夢のように
書かれている。


3ヶ月間の長丁場でしたが、夢魔のような暑さの終わりにふさわしい
エンディングでした。皆さま、ありがとうございました。

次回はスカッとした快作『青頭巾』のはじまりです!

9/18(祝月)『夜叉綺想』本読みWS 第12回レポート

2023年9月18日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑マサカリを持った兄・博士(右)と牛乃をかばう野口弟(左)の対決!
(写真:伏見行介)


昨夜は『夜叉綺想』本読みの第12回。
次週が最終回であるために、最後のクライマックス、
そこからの大団円に至るための助走をつけた回でした。

2幕で起こった野口弟によるケイコの刺殺。
それに伴う魔大医学部の凋落。
前代未聞のスキャンダルに魔大医学部を追われた関係者は、
皆、牛乃京子を恨んでいます。

そこで、風に舞う兄ゴーシュのパジャマを忘れられない牛乃を
恨んで捕えるべく、紳士や学長は娼婦の格好をして
転落花横丁に紛れ込んでいる。彼らを率いるのは刑事。
刑事もまた、事件の真相を突き止めるべく牛乃を捕まえようとします。

面白いのは、刑事の中にも野口への過剰な思い入れが
ありそうなところです。この芝居の中で、とにかく野口弟は
モテまくる。

結果、大風が吹いたところで地上に落ちてきたパジャマを
巡り、牛乃+野口VS刑事+紳士+学長の闘いがはじまります。
そこに、ケイコに似た女・桂に絡んで揉めていた野口博士が
合流してくる。2幕に引き続き、この劇の根幹である兄弟の
対決が再燃します。

この『夜叉綺想』とは、要するに兄弟間の闘争です。

エリートの兄にコンプレックスを持っていた弟が無目的に
生きていたところ、牛乃京子によって事件に巻き込まれる。
その中で大学の医学部教授である兄の非道に気付き、
弟はアウトローに堕ちながらも兄と対決し、
兄を乗り越えようとする。そういう物語です。

そのような構造がはっきりする中で男として覚醒する
野口弟と牛乃がこの場からの闘争を試みると、
転落花横丁にたむろする女たちが脚を引っ張ります。

転落して娼婦に身を堕とした彼女たちは
牛乃が野口弟とともにこの底辺から脱出するを許さない。
そこで、鋲を撒き(忍者の撒くマキビシみたい)、
煎じた毒の液体を床にぶちまけることで罠をはります。

ここから、唐十郎作品のパターンである
3幕終盤の主人公たちへのリンチがはじまります。
来週、牛乃京子と野口弟はボコボコにされます。

その後、どのようにしてか二人が活路を見出すところから
エンディングに至る。この『夜叉綺想』もまた、
こういう唐十郎作品が得意とする進行をたどります。

牛野と野口が実際にどう追い詰められ、どう活路を
見出すのかは9/24(日)最終回にやります。

『夜叉綺想』特有の、強引すぎて謎に満ち、
だからこそ痛快なエンディングが私たちを待っています!

【来月以降の予告】
10月以降は『青頭巾』を取り上げることにしました。
10/1(日)8(日)15(日)24(火)29(日)と行います。
※10/22(日)はお休み→10/24(火)に振り替えます。

9/11(火)『夜叉綺想』本読みWS 第11回レポート

2023年9月11日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑三幕半ば過ぎ。ネオンに引っかかったゴーシュのパジャマを見つめる
女装の3人。刑事、学長、マニキュアの紳士(写真:伏見行介)

昨日、9/10(日)夜に行った本読みWSのおさらいです。

さすがに『オオカミだ!』千秋楽を終えて撤収作業を終えた後だったので
疲労感はありました。が、それでも、『夜叉綺想』三幕の破天荒な
吸引力にエネルギーを引きずり出されるようにして2時間集中できました。

まずは、前回の復習から。三幕は特に丁寧に前週にやった箇所を
振り返りながら読み進めていきます。

二幕終了時点から一年後、
再開した牛乃と野口が心を通わせていくシーンです。

牛乃が持ち出すUFOと交信、それを可能にするヒマラヤ山岳民族の
言葉、という設定に初めは乗り切れないでいた野口も、
これに同調し始めました。それは、ゴーシュを亡くした牛乃を
哀れに思う心があるからです。ゴーシュの名を出されると、
野口は明らかに自分の兄が引き起こした不幸に責任を感じ、
牛乃に乗る。そうするうちに本来持っていた男女の好意が
引き出されて、徐々に意気投合していきます。

一方、博士は負け続き。
ケイコに似た女を街娼のなかに見つけるも、
彼女(桂=かつらという名前)には「若い土方」が扮するヒモが
付いており、博士は敗北します。

若い土方の兄貴分であった「雨の男」の臨終シーンが描かれると
若い土方は自分たちを蔑ろにする上流階級の象徴として博士を恨み、
自分の女の額に穴をあけた博士に匕首を振り上げて威嚇します。

と、ここで横ヤリ。
刑事、学長、マニキュアの紳士が女装して現れます。
彼らは、事件の引き金になった牛乃京子に疑いや恨みを抱き、
牛乃を捕まえるために街娼たちのたむろする街に潜入するために
女装した、という設定です。
(実際には、ずいぶん楽しそうではあります)

そして、ひとしきりふざけ合うと、
ネオンに引っかかったパジャマが風に煽れられて飛んできたのを
キャッチするべく牛乃が身を乗り出したところで、三人との対決に
突入します。

普通だったら多勢に無勢ですが、
三人のうち、学長は無力、牛乃についた野口への好意から
マニキュア紳士も骨抜きになり、牛乃が優位にことを進めます。
野口が三人になびくふりをしながら、その実、三人の隙を付いて
男たちを張り倒すシーンが面白い。

が、ここで、博士が刑事の味方につきます。
ケイコに似た桂(カツラ)に振られた腹いせに弟を恨んだ博士と
野口の対決が再開され、二幕の対立構造が三幕に復活します。
要するに話がもとに戻ってくる。

・・・というところまで9/10(日)にやりました。
次回、9/17(日)も復習をたっぷりにして先に進めます。
誰も迷子にせずに『夜叉綺想』を読み進めるのは難しい作業であり、
そこのところがおもしろさでもあります。

9/4(月)『夜叉綺想』本読みWS 第10回レポート

2023年9月 4日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑去年、結局このストーンヘンジには行きませんでした。後悔!
たかが観光地などとバカにせず、やはり訪ねて
おくべき場所だったと猛省しています


ついに出ました、「UFO」と「マブマブ・ドリュイド」!
唐十郎作品中、屈指の迷走を見せる『夜叉綺想』第3幕が中ほどに
差し掛かりました。

舞台となる転落花横丁(新宿ゴールデン街の外れ、という設定)から
起死回生の浮上の挑む主人公二人、野口と牛乃がとんでもない
活路を見いだす。そういうシーンです。

牛乃は兄・ゴーシュを亡くし、
野口は義姉ケイコを刺殺した咎で明日、刑務所に収監されることに
なっています。

周囲には魔大医学部から転落した元女医や元ナースの街娼たち。
そんな魔窟とも、人生の掃き溜めとも吹き溜まりともいえる場所から
飛び立つために、牛乃は奇妙なことを語り始めます。

曰く、ゴーシュは実はUFOと交信していたらしい。
その際、10万年前のヒマラヤ山岳民族の言葉を使っていたらしい。
ヒマラヤ山岳民族の文明は、やがて西ローロッパのケルト文明に
結びついたらしい。ついては、「マブマブ・ドリュイド」という
言葉が宇宙と交信するキーワードらしい。

「マブ」とは「女王」の意。
同時に、江戸の遊郭言葉で「本命の男」を「マブ」とも云う。
「ドリュイド」は「不思議なもの」の意。
やがてケルトに至り、「ドリュイド教」「ドリュイド僧」に結びついた。

確かに、イギリスのストーンヘンジなんか、
いかにも宇宙と交信できそうな感じがしますね。そういうことです。

ここから、かなりメチャクチャではありますが、
牛乃と野口はこの「マブマブ・ドリュイド」を使った宇宙との交信に
活路を見出します。

その際、面白いのは、
要するに唐さんが、牛乃の生まれ故郷である信州の被差別部落を
ヒマラヤ山岳民族やケルト文明につなげて考えていることです。

唐さんというフィルターにかかれば、長野がミステリアスで壮大な
輝きを帯びてくる。牛乃は宇宙と交信する人々の末裔として、
毒も使えば魔術も使う、というイメージが連なってきます。


・・・この強引さを面白さととるか、単なる支離滅裂ととるか
それが、この『夜叉綺想』を好きになるかどうかの分岐点です。

昨晩はこういう会話をやりながら、時には娼婦たちが
牛乃と野口に面当てで皮肉な歌を歌ったりするのも愉しみました。
物語の最後、どんなUFOがやってくるのか。
果たして二人は救われるのか>

古代文明を使ったSF、というハヤカワ文庫的世界に、
ますますのめり込んでいきます。次回は9/10(日)!

8/28(月)『夜叉綺想』本読みWS 第9回レポート

2023年8月28日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑路地裏に立つ娼婦たちがギャンブルにはまり、薬物の匂いさえする
3幕は転落花横丁。かつての女医たちの零落ぶり。
2幕で魔大医学部で起きた殺人や不祥事はここまで皆の運命を
変えてしまった。


昨晩から『夜叉綺想』本読みが3幕に入りました。
抜群の完成度を誇った2幕を経てあらゆる登場人物たちが転落し、
そこから主人公ふたりがいかに展望を見い出すかという旅の始まりです。

この3幕。
多くの読者や観客を呆然とさせ、
マニアックなフリークを狂喜させる唐十郎濃度の高い箇所ですが、
読み解くのはなかなか容易ではありません。
だからこそ燃えて、本読み自体は丁寧に、ゆっくり、
少しずつ押し上げるように皆さんと読み進めました。

まず、3幕冒頭。
これは2幕の1年後という設定です。
野口弟が義姉のケイコを誤って刺殺してから色々なことがありました。

まず、魔大医学部および野口博士の研究室は完全に解体されています。
野口博士は闇の匂いのする町医者として深夜の繁華街を往診して
回っています。博士のロボトミー手術痕を額に持つ女医たちは
皆が皆、新宿ゴールデン街に屯する娼婦に転落し、
そこで仲間同士の賭けポーカーをしてくすぶっています。

ケイコは死にましたが、女たちの中には不思議にケイコに似た女もいる。

野口弟はといえば、そんな娼婦たちを管理する用心棒になって
います。1・2幕の野口青年からは考えられない設定ですが、
彼はそうして糊口を凌ぎながら、明日に再び刑務所に収監される予定。

このあたり、法的なルールと設定の整合性が怪しいところですが、
そこはまあ唐さんのご愛嬌ということで。

強烈なのは牛乃兄妹です。
3幕が始まる少し前に、兄ゴーシュは亡くなりました。

マーケットに行った時にパジャマを万引きしたのを店員に
見咎められ、5階の屋上まで逃げた挙句に飛び降りてしまったと
妹の京子が語ります。このように哀れな死を唐さんが登場人物に
与えることは珍しく、その無惨さに打たれます。

身寄りのなくなった牛乃京子は生きる希望を失って
ゴーシュの愛用していたチェロ(作中では"セロ")のケースを
形見に背負いながら転落鼻横丁を彷徨っています。

ネオンに引っかかったパジャマにゴーシュの影を見ながら
街を往く牛乃と収監前夜の野口の再会までを昨日はあたりました。
二人がどんな風に改めて結びつき、この掃き溜めから飛び立とうと
するのか、それは来週です。

一発逆転のために唐さんが用意した奇想天外なアイディアに
期待してください。次回は9/3(日)!

8/21(月)『夜叉綺想』本読みWS 第8回レポート

2023年8月21日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑2幕終盤、帽子をとると、魔大医学部では全員がロボトミー手術、
別名「スイカ割り」を受けていたことがわかる。医学へのいき過ぎた
専心が狂気を帯びてくる


昨日もやりました。『夜叉綺想』本読みも二幕大詰め。
この劇の中でもっとも完成度の高いシーンで、大技が連続します。
さまざまあり過ぎて勢いに押されそうなので、
今回は箇条書きで整理します。そうすれば冷静に何が起こったか、
追いかけられるからです。


前段:牛乃京子が水銀体温計を用いた殺害計画を持っていたか。
   魔大医学部研究室を訪れた刑事による追究が行われる。

・折れた水銀体温計を脇に挟んで隠そうとした牛乃を詰問する
・牛乃の脇から体温計が落ち、刑事は鬼の首をとったように糾弾
・牛乃は兄のロボトミー手術の非同性を訴える
・野口弟は牛乃兄妹への贖罪として、甘んじて復讐を受けようとする
・野口弟を救うべく京子を攻撃するケイコ
・ケイコと揉み合ううちに、野口弟はケイコを刺してしまう
・ゴーシュは突発的にシャベルで野口博士を殴る
・野口博士が人造人間化していたことが明らかに
・野口兄弟の対決
・牛乃京子がインターンたちによりシミの世界に封印される
・野口弟が我にかえると、ケイコ殺しの咎で刑事に尋問を受けている

という進行で二幕終盤がたたみかけます。
野口弟は義姉ケイコを刺した罪で刑務所に収監されており、
牛乃京子は野口の囚われた部屋の壁のシミとなっている。

初めからこの世界にあったのは野口兄弟が兄の妻ケイコと起こした
三角関係の痴情のもつれだけであり、これまで劇が始まって以来
進行してきたことは、閉ざされた部屋で野口弟が見た夢。
うなされる彼の前にある壁や天上のシミが彼に迫り
実行してしまった悪夢に過ぎないのかと思えてくる。

そういう幕切れです。

思えば、1幕冒頭も同じ取調室で始まりました。
牛乃京子との関係は場末の映画館ですれちがったに過ぎないと
弁明する野口弟と、それを訝る刑事との対話です。

2幕終わりは、そうして冒頭に還る。見事なシーン構成です。

が、同じ1974年に初演されながら
この『夜叉綺想』が傑作『唐版 風の又三郎』と異なるのは、
ここからの展開によるところが大きい。

3幕に広がる不思議な物語進行、カオス、やおら登場する新モチーフ、
その蛇行こそ、『夜叉綺想』がマイナー作品にとどまった理由にして、
その独自の魅力によって私が好む噛み応えともいえます。
要するに奇想天外。

これに付いて来られるかい?
と唐さんに問われているようでもあります。
9月末までかかる長い長い3幕の始まります。次回は8/27(日)。

8/14(月)『夜叉綺想』本読みWS 第7回レポート

2023年8月14日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑一番左に見えるのがドイツ製顕微鏡。かなり巨大に作りました
2014年7月 唐ゼミ☆『夜叉綺想』公演より(撮影:伏見行介)

昨日は日曜日恒例の本読みワークショップ。
目下とり組んでいる『夜叉綺想』第7回でした。
箇所としては、2幕終盤になだれ込んでいくところです。

かつて昭和35年7月に野口博士が牛乃ゴーシュにほどこした
前頭葉手術=ロボトミー手術が、ますますグロテスクに
浮き彫りになるところが主眼でした。


まずは、前週の復習から始めました。
本来は8/6(日)に行うはずを私の予定から8/7(月)開催にしたので、
参加できなかった方たちをフォローしたかったのです。

それに、前回の箇所は重要でもあり、
劇全編の中でも特に振るった場面の連続でもあったので、
どうしてもたのしんでもらいたかった。

復習したのは主に次の2点です。
・牛乃京子が野口博士と対決し、昭和35年7月の手術周辺を回想する
・1幕終盤で野口弟に水銀を飲ませようとした京子。しかし、
 実際には水銀を飲ませておらず、その様子が明かされる

これらを通じて劇の前段となるエピソード、
1幕と2幕の間に何が起こっていたか、がはっきり象を結ぶ。
すると、複雑に見えるこの物語が一直線に見えてきます。

その上で、昨晩のメインのシーンがやってきます。

牛乃京子が野口弟に抱いた殺意や、水銀による復讐を有無を巡って、
魔大医学部研究室に乗り込んできた刑事が謎を解いていく。
そんな探偵調で約20ページが展開しました。

それによると、
・牛乃京子に復讐の意志があった。
・そのために水銀も用意していた。
・しかし、実際に野口弟に飲ませることができなかった。
というのが真相です。

が、以下のケイコや野口博士の嫉妬、牛乃の内面が刑事を混乱させる。
・野口弟を好きな博士の妻ケイコは京子を毒婦にして貶めたい。
・野口博士は妻ケイコが弟を愛していることが許せない。
・野口弟に水銀を飲ませるのを躊躇った理由を、京子自身も整理できて
いない。(恋愛感情か、優しさか)

このシーンには野口博士ご自慢のドイツ製顕微鏡が持ち出され、
アクションとしても盛り上がります。

さらに、若い土方が闇に紛れてケイコをレイプしたり、
やはり暗闇に紛れてマニキュアの紳士が野口弟と事に及ぼうとしたりと
その場にいる何人かが欲望を撒き散らすのが快いカオスを呼びます。

続く場面では京子と野口の6ページほどの対話が展開しますが
彼らはお互いに惹かれ合い、歩み寄ろうとしつつも、いまだちぐはぐ。

・・・と、昨晩はここまででした。
来週は2幕を終えて3幕に入るところまでを読みます。
特に2幕終わりになだれ込む『夜叉綺想』の完成度は高く、魅せます!

8/9(水)『夜叉綺想』本読みWS 第6回レポート

2023年8月 9日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑牛乃京子と野口博士の再開。互いに昭和35年7月10日の記憶が噴き出す


一昨日の本読みWSのシーンはとっても良かったです。
唐十郎の優れたところ、凄みが溢れ出る場面でした。

ミステリー調で、破天荒なところの多い『夜叉綺想』全編にあって、
急激に物語の発端が紐解かれ、ヒロインである牛乃京子の心が
打ち明けられるのが、この第6回で読んだ場面でした。

この約20ページは、
復讐をしたい牛乃京子と、その標的である野口博士の対決です。
復讐の始まりとして1幕終わりに水銀を飲まされた野口弟の体が
床下から掘り出されたことで、一気に対決姿勢が露わに。

野口博士は、パーティーに楽師として紛れ込んだチェロ弾きが
かつて自分が前頭葉を手術して廃人にしたゴーシュと知り、
傍らの女性歌手がその妹・牛乃京子だと認識します。

そこから先は、京子が行う回想です。
昭和35年夏に何があったか。自分は中学一年で、
両親を喪い兄妹で上京した生活にどんな不幸が起こったか。
頼りの兄が心を病み、それを治せると信じた野口博士が神様に見えた
と京子は言います。手術後は想定外の現実を目の当たりにし、
野口博士から月々のお金を受け取りながらも、生活が破綻したことが
察せられます。

野口博士としても、この夏の出来事は大きな傷になっているらしく
前頭葉=「待つ」ことを司る機関の手術に失敗した夏の記憶
=「待っている夏」として、彼の頭に焼き付いています。

もう一つ。一昨日の場面で大切な牛乃京子のせりふから、
1幕終わりに野口弟に水銀を飲ませる、という復讐は、実際には
果たされていなかったことがわかります。

京子は野口に毒を飲ませることができなかった。
それが、恋愛感情のはじまりなのか、それとも、肉親を廃人に
された者であるが故に、京子が野口を廃人にすることを
ためらったのか、それははっきり書かれていません。
このはっきりしないところが良いのです。

ぐったりとした野口の体を研究室の床下に仕込みながら、
京子は都こんぶを口にし、海の匂いを感じます。
夏、海の匂いに、彼女のトラウマと優しさが集約しているのが
伝わります。そういう時、京子がいつもじっと座っているだけなのが
良い。劇のなかで彼女はかなり乱暴で動き回りますが、ここぞ!
というところで、夏の暑さのなかでじっとしている。
このイメージが優れています。さすが、唐十郎。

上記が、一昨日のシーンにおける二本柱です。
そこに、学長や、マニキュアの紳士や、水銀を口に含んでしまった
野口博士の妻ケイコの様子などがスパイスとして、コミカルに
絡みつきます。

集中殿の高いせりふと、笑いの多い2時間でした。
私の予定で月曜開催にしたために出席できなかった方には
申し訳なく思います。大事な、素晴らしいシーンなので、
今度、ダイジェストで復習できないものか。

そう思案しながら、8/13(日)の第7回を迎えます。

7/31(月)『夜叉綺想』本読みWS 第5回レポート

2023年7月31日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑これが大学の研究室内とは思えぬ騒ぎっぷり(撮影:伏見行介)

昨晩の本読みは『夜叉綺想』5回目。
魔大医学部研究室のパーティーで浮かれ騒ぐ登場人物たち、
取り沙汰される会話の中から、昭和35年7月に牛乃ゴーシュが
前頭葉を手術されたことが明らかになりました。

そこに信州出身の一派がやってきます。
雨の男たち、それから仮面を付けて正体を隠した牛乃京子とゴーシュ。
唐さんははっきりとは書いていませんが、この一派が江戸時代の
被差別民である穢多・非人、明治以降に新平民と呼ばれた人たちなのは
明らかで、

・苗字に込められた「牛」の文字
・土方たちの行くところ常に雨が降る
・体温は37.2度と高め
・真っ黒な日焼け
・肉食。とりわけ内臓料理(もつ)を好む

という特性を、唐さんは面白おかしく描いています。

当然、これはなかなか危ない作業です。
タブーも、意味深長になりがちな設定も、笑いや軽妙さにまぶして
表現していく唐さんの挑戦です。

周到さ、用心深さと踏み込みの強さを感じます。
切り込まなければ作家では無い。
けれど、かわすところをかわさなければならない。

野口博士のスピーチの中からハッキリするのは、
人間の前頭葉が「待つ」機能を司っていることです。
だから、術後のゴーシュは「待つ」ことができなくなっている。
我慢しきれず目前の内臓料理(もつ)にかぶりつこうとします。

また、野口博士の妻ケイコが雨の男たちの一人である若い土方の
体に欲情するところも秀逸です。上流階級の婦人が若く鍛え上げられた
男の体を求める。それに対する博士の嫉妬。

また、象牙の塔たる大学病院がいかにハレンチかも描かれます。
どだい、研究室なのにパーティーを開いて乱痴気騒ぎしている。
教授の妻は若い男を漁っている。学長は女子インターンと学内で
性行為に及ぶ、など、やりたい放題です。

その騒ぎを縫って、楽師のふりをした牛乃兄妹がパーティーに潜入。
さらに、研究室の床下から、雨の男たちが野口弟を掘り出すシーンで
昨日は終了しました。
信州の一族による復讐がはっきりと姿を表す瞬間です。
それにしてもおそろしく手の込んだ、派手な口火の切り方。
(わざわざ野口を床下に埋めておくなど、だいぶ手間がかかっている。
それだけに劇的です)

1幕終わりで水銀を飲まされた野口弟がどうなってしまったのか、
次回に明らかになります。牛乃京子がはっきりと敵に対峙するスリル。
戦闘開始です!

7/25(火)『夜叉綺想』本読みWS 第4回レポート その②

2023年7月25日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑魔大医学部の研究室では夜な夜なパーティーが行われる
という設定の二幕が始まる(撮影:伏見行介)


一昨日に行った『夜叉綺想』本読みの第4回。
そこで読んだ2幕冒頭部分のおさらいをします。

ところ変わって、2幕は大学病院です。
主人公・野口の兄である野口博士の勤める大学病院は、
「悪魔」や「魔法」の「魔」に大学の「大」と書いて、
魔大医学部であることが分かります。

パッと見ると「慶應大学」ですが、
もちろんこれは唐さんがつくった架空の大学です。

その研究室で、今夜は謝肉祭が開かれ、
教授やインターンたちはみな、仮面をつけて呑み騒いでいる。
という設定です。特に、野口博士の妻ケイコが働く乱痴気騒ぎは
顕著で、夫を主役にしたパーティーの席上で、若いインターンたちの
エロいやり取りをして野口博士の嫉妬心を常に煽り続けるという
多情さを見せつけます。

同僚のマニキュア紳士はパーティーの進行役をやっているのですが
どうにもカオスな状況。

インターンたちに絡む妻の姿態を見ないようにしながら
スピーチを進める野口博士は何度も堪えきれずに話を中断。
それでもパーティーは進んでいきます。

ここで、重要な点を2点。

まず、このパーティーの最中、ずっと鳴っているとト書きに
指定されている『印度の虎狩り』という曲は、宮沢賢治が
『セロ弾きのゴーシュ』の中で書いた架空の曲です。

どうやらチェロの練習曲のようなのですが、
それがどんな曲なのかは誰にもわからない。それでいて、
何か雰囲気のあるタイトル。このへんが賢治の才能であり、
読者を惹きつけるところですが、唐さんはそれを援用して
ことも無げに書いている。

小説だったらこれで良いのですが、
舞台ではこの『印度の虎狩り』をかけなければならない。

また、場面の下敷きとして、
謝肉祭という設定で表されるように、ここでは15世紀末の
フィレンツェの雰囲気が濃厚に漂います。

それは、チェーザレやルクレツィア・ボルジアの時代であり、
レオナルド・ダ・ヴィンチの時代です。
科学と魔術と芸術が一体になったこのルネサンスの終わりの
雰囲気をたたえながら場面は進行します。

1幕では映像作品のように場面が次々と移り変わりましたが、
この2幕はここ魔大医学部の研究室に場面が固定、劇としても
ずっと見やすく、集中度が増す場面です。(上演する側にも易しい)

1幕終わりで水銀を飲まされた野口はどうなったのか、
そのことを気にしながら、喧騒・狂騒の2幕が始まりました。
続きは来週。7/30(日)です。

7/24(月)『夜叉綺想』本読みWS 第4回レポート その①

2023年7月24日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑野口をアパートに誘い、眠らせた京子は、水銀を彼に飲ませる
復讐の一手が打たれる1幕の終わり(撮影:伏見行介)


昨日は「夜叉綺想』第4回目の本読み。
1幕の終わりから2幕冒頭にかけてを読みました。

1幕の終わり。
いつの間にか、牛乃京子のアパートに野口がやってきたところから
始まります。しかも不思議なことに、野口はこのアパートに何度も
通っている、という風な展開であることが二人の会話から読み取れる。

そのあたりのスピード感、不思議さ、
復讐譚である『夜叉綺想』の面白いところです。

そして、牛乃京子が野口に披露する彼女の日記。
最初、それは白紙に見えましたが、火で炙ってみれば字が浮かび上がる。
それから、アパートの部屋の奥の方からうめくように響くチェロの音。

を通して、野口がなぜ牛乃京子に映画館で声をかけられ、
万引きで捕まる京子の身元引受人に指名され、
今、このアパートに誘われているかが明らかになります。

それは、野口の兄である医師の野口博士が、
京子の兄である牛乃ゴーシュの執刀医であったからです。
心を病んで暴れ回るようになったゴーシュは、
野口博士のロボトミー手術によっておとなしくなったものの、
子どものようになり、それからセロ(チェロ)を欲しがって
エディット・ピアフや越路吹雪の名曲『愛の讃歌』ばかりを弾く
廃人になってしまった。

京子はその報復として野口に接近し、彼をアパートに引っ張りこんだ。

アパートには、当の執刀医である野口博士や、
博士の同僚であるマニキュアの紳士もやってきますが。
博士は妻であるケイコが弟と浮気しているのではないかと野口をつけ回し、
マニキュアの紳士は同性愛の志向において野口に惚れ込むという、
切実でありつつも、二人ともかなりコミカルな理由です。

そういうコミックレリーフをスパイスとして挟みながら、
京子の復讐はついに決行されます。野口に睡眠薬の飲ませ、
彼が眠り込んだところで今度は水銀体温計を割り、水銀を飲ませる。

すると京子のアパートの襖が開いて、
奥でチェロを弾くゴーシュ、彼の周りには新平民である雨の男たちの姿。
たなびく『愛の讃歌』とともに1幕の終わりです。

・・・長くなったので、2幕のおさらいはまた明日。

7/17(祝月)『夜叉綺想』本読みWS 第3回レポート

2023年7月17日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑目まぐるしく変わる場面をセットで表現すると間に合わないので、
パックの女など入れて美容室の感じを出していた


昨晩もやりました。『夜叉綺想』の本読み3回目。
私たちの生活は連日の猛暑が続いていますが、
こういう寝苦しい気候こそ、この劇にはピッタリきます。
夢魔のような感じ。また、この芝居の1幕は唐さんの台本には珍しく、
次から次へと場面を変えていきます。

警察署の取調室→別の取調室→警察署の前の路地→美容室
→路地→美容室→アパートの一室

という具合です。こういう場所の変遷も、
なんだかヒロイン・牛乃京子の復讐に絡めとられてゆく野口青年の
悪夢のようで、不気味な雰囲気を漂わせるのに一役買っています。
上演を行う側はこの空間移動こそ工夫のしどころ。

昨日は野口と牛乃の距離が徐々に縮まり、
彼女のアパートに引き摺り込まれるまでを追いました。
普通の青年だったら女性に迫られるのに悪い気はしませんが、
生真面目一途な野口にとり、なにか不吉な予感がつきまとうように
台本は書かれています。

実際、昨日に読み解いた台本20ページ分のおよそ3分の2に
あたる14ページが、牛乃と野口の会話でした。
この頃の唐さんの長編には、1幕半ば過ぎに必ずこういう場面が
あります。主人公格の男女が腰を据えて対話し、それぞれの
出自がそのやり取りから見えてくると同時に二人の距離が縮まる。

初めは牛乃京子を警戒する野口が、徐々にその術中にはまってゆく
経過を読み解きながら体現することこそ、このシーンのコツです。
ともすれば延々とした会話に飽きてしまいそうなここを上手く
凌げば、劇はあと2時間以上、観客を引っ張ることができる。

基本的に色仕掛けで迫る牛乃に、躱そうと逃げ回る野口という
構図ですが、「ちくしょう!」という言葉で被差別部落出身の
京子の琴線に野口が触れてしまったり、京子のしつこさに
たまりかねて思わず激してしまった野口が、返ってその感情の昂りを
突破口にされてしまうところが、このシーンの妙味でした。

周辺には、ナンセンスなギャグシーンもあり、
馬の骨のオブジェを運んでくる運送アルバイトたちの会話、
チラリと登場するマニキュアの紳士が野口のストーカーと化して
いるところなど、笑わせます。

アルバイトたちは特に、『唐版 滝の白糸』の運送屋を思い出させたり
して、この時期の唐さんが意味の無い二人組を描くことにいかに
ハマっていたかもわかってきます。

ともかくも、牛乃のアパートに野口青年は引きずり込まれてしまう。
来週は1幕の最後、復讐はいよいよ具体的な動きを見せ、
廃人となった京子の兄・牛乃ゴーシュも登場します。

7/12(水)『夜叉綺想』本読みWS 第2回レポート その②

2023年7月12日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑唐ゼミ☆での上演時、雨の男たちにはミノを着せました
被差別民をあえてオーバーに描くことで、笑いに転化できないかと
考えたのです。次々と場面が変わる劇ゆえに、衣裳がセット、
ということでもありました(撮影は伏見行介)


第2回目に読んだシーン進行をおさらいします。

まず面白いのは、雨の男と土方たちが野口青年に絡みつくところ。
この「雨の男」という変わったキャラクター名は、
この男の往くところ常に雨が降る、という意味を表すものです。

『夜叉綺想』には被差別民の問題がテーマとして込められており、
島崎藤村が『破戒』のなかで取り上げた「新平民」を唐さん流に
表現したものが「雨の〜」という隠喩です。

ヒロイン・牛乃京子、その兄・牛乃ゴーシュ。
彼らを守るように取り巻く、雨の男が率いる土方軍団。
このメンバーはいずれも長野県からやってきた被差別民で、
それゆえに獣肉を食べたり、超自然的な力を備えている
という設定が施され、劇の全編を貫きます。

いまだはっきりとは表れていませんが、
そうして彼らは一致団結し、ゴーシュをロボトミー手術により
廃人にされたことへの復讐をチームとして果たそうと、
野口青年にさまざまな方法でアプローチしている、というわけです。

結果、雨の男たちの迫り方は、
嫌がる野口に強引に牛乃への差し入れを頼む、
差し入れは都こんぶ、というコミカルかつ不気味なもので、
重いテーマを扱ったからといってただ深刻にならず、
それを笑いに転化させる唐さんの面白さが溢れています。

雨の男たちが野口青年に迫ると、横ヤリが入ります。
警察に捕まった野口を迎えに来た義理の姉です。
この女性は、野口の兄、エリート外科医の野口医師の
フィアンセに当たるわけですが、この姉の野口青年に対する
迫り方が実にアヤシイ。メロドラマ的に不倫な匂いがして、
笑わせます。そして、雨の男たちそっちのけで、
二人は向こうに行ってしまう。

そこへフロックコートを着た野口医師が表れ、
自分のフィアンセと弟の関係を怪しみ、尾行していたことが知れます。
物語的に彼が悪の親玉なわけですが、その登場は実に滑稽です。

ところ変わって今度は牛乃京子。
京子がいかにして万引きで捕まった警察から解放されたか、
美容のためのお店で、お客のお肌の手入れやネイルを扱う美容部員
として働く京子が、いかに職場でいじめられているのかが
描かれます。

短いシーンですが、
田舎から上京してきた兄妹がいかに都会の壁にぶちあたっているか、
その辛さを描くシーンです。この辛さがゴーシュを心の病気に沈めた
原因かもしれない。この辛さが、京子を復讐に駆り立てた遠因かも
しれない。そんな風に受け取ることもできます。

皆のいじめを受けながら、ひとり都こんぶを噛み締めながら
兄を廃人にされた辛さ、そこから復讐の炎を燃やす心のうちを歌う京子、
という風にシーンは進行します。

さらに、京子の前に、
敵である野口医師の同僚、薬学を専門とするマニキュアの紳士が
現れます。この時はまだお互いの関係を知らず、美容にうるさい
個性派男性とお店のスタッフという出会いですが、この後、
二人は激闘を繰り広げる。その前段として、お互いのキャラ立ちが
発揮される愉しい伏線でした。

次回、1幕が進むごとに、野口青年をターゲットにした京子の復讐が
実行されていきます。また日曜に!
参加はコチラ→http://karazemi.com/perform/cat67/post-18.html

7/10(月)『夜叉綺想』本読みWS 第2回レポート その①

2023年7月10日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑復讐劇。眠らせた相手に飲ませようと体温計から水銀を取り出す場面
(撮影は伏見行介)

昨晩は『夜叉綺想』本読み2回目。
とても好きな台本、勝手知ったる台本なので調子良いです。

まず、昨日は全体を通じて、この物語の核となる部分を説明しました。
観客の立場からすればストーリーの進行上、
核心部分が明らかになるのはもう少し先です。
しかし、すでに撒かれているいくつもの伏線を読み解くために、
あえて先に説明しました。

『夜叉綺想』の前段はこんなお話です。

事の発端は、ロボトミー手術が生んだ不幸。
ロボトミー手術とは、精神や心の病気を治すために脳を外科手術する
という、現在では極めて危険視される手術のことです。
いま考えれば恐ろしいことですが、かつての最先端医療の中では
真剣に治療方法として取り沙汰された時代があったということです。
(『カッコーの巣の上で』という映画が有名ですね)

被害者は牛乃ゴーシュ。ヒロイン・京子の兄です。

長野県から上京した牛乃兄妹。
やがて都会の暮らしが悪影響したのか、兄のゴーシュは心を
病むようになりました。そこで妹の京子は医師に相談。
優秀な外科医である野口医師が執刀にあたり、京子は完治を
信じてゴーシュを送り出しました。夏の日のことです。

が、帰ってきたゴーシュは廃人となっていました。
チェロを取り出し、ひたすら『愛の讃歌』ばかりを弾くように
なってしまった兄ゴーシュ。
(哀しく、怖ろしく、コミカルでもある唐十郎独特の症例です)

京子はゴーシュをアパートの押し入れに隠します。
牢屋のように改造されたその空間で、ゴーシュはひたすらチェロを弾く。

かつての兄を失った京子は呆然とするばかりの日々を過ごし、
やがて復讐に目覚めます。彼女が考えた方法は、水銀体温計を割り、
取り出した水銀を毒として野口医師の家族に飲ませようというもの。
目には目を、兄を廃人にされたなら野口医師の弟を廃人に、
という発想のもとで、この物語の冒頭シーンが生まれました。

場末の映画館で野口弟に京子が声をかけたのは、
すべて彼女が思い描く復讐の始まりだったのです。

・・・今日も長くなったので、続きは明日。
上記を前提に、昨日に進行したシーンを追います。

7/5(水)いろいろと思い出してしまいました

2023年7月 5日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑開演前、マジ暑いのに赤いTシャツで前説している。
ヤケクソだったのだろうか。(撮影:伏見行介)


向き合ううちにいろいろと思い出してしまいました。

『夜叉綺想』本読みの準備をしたのが土曜日。
実際にみなさんと声に出して読んだのが日曜日。
そして、月曜・火曜とここでレポートを書いてきました。
そうするうちにいろいろな記憶が吹き出してきました。

『夜叉綺想』。
あの作品に取り組んだのは2013年初夏のことでした。
2011年に初めて長野公演を達成して以来、
『海の牙 黒髪海峡篇(2011)』『吸血姫(2012)』と
続けて芝居ができたことに長野の皆さんへの感謝が募りました。

そこで、長野という土地にちなんだ作品を
上演してみたくなったのです。『夜叉綺想』がまさにそれで、
この作品ははっきりと明言されていませんが、明らかに唐さんが
島崎藤村の『破戒』にインスパイアされて描いた劇なのです。

「新平民」という重いテーマを通じてですが、
そういう土壌から生まれた牛乃京子というヒロインとその魅力を
全開にするこの大長編に取り組んでみたい。そう思いました。

幸い、当時の唐ゼミ☆は唐さんのマイナー作品に
光を当てて再生させることに燃えていました。
そういう意味でも、『夜叉綺想』は持ってこいの作品でした。

あと、強烈に思い出すのは浅草公演がとにかく暑かったことです。
もう現場入りした瞬間から暑くて暑くて、テント資材の鉄骨が
ちんちんに熱を持ち、素手で触れないくらいのものをトラックから
降ろした記憶があります。テントを建ててはみたものの中は
ムッとして、「ほんとうにこの中で3時間やるのかよ」
「オレたちはまだいいけど、お客さんに悪いなあ」
そんな話をした覚えがあります。

一方で、そのようなうだる暑さと作品の悪夢的世界観がマッチも
していました。あとは、稽古がぜんぜん終わらなかったこととか、
ゴーシュを演じた重村がチェロを習いに行って先生に恋愛めいた
感情を抱いていたことなど、いろいろ思い出します。

今となってはどれも面白い体験だったので、続けてまた書きます!

7/4(火)『夜叉綺想』本読みWS 第1回レポート その②

2023年7月 4日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑冒頭の尋問シーン。熊野は初めて主役をやることになり、
張り切っていた。2013年7月の劇団唐ゼミ☆公演より(撮影:伏見行介)

今日は、一昨日に行った本読みWSの内容をまとめます。
『夜叉綺想』という作品は直前に上演された『唐版 風の又三郎』の
B面的作品だと言いました。

B面というのは、暗めで華やかさに欠ける様子を表しています。
同時にそれが魅力でもあり、この『夜叉綺想』は
とりわけミステリアスで、意味深なトップシーンから始まります。

舞台が暗闇に包まれる中でジャラジャラと鎖の引き摺る音がしたり、
ステージ全体が幕に覆われて、その中央部分に切開するような
亀裂がある。これらは全て後に繋がるシーンの象徴です。

そして、隅に明かりがさすと、そこで尋問が行われています。
青年・野口(弟)がパジャマを万引きして捕まった女・牛乃京子に
保護者として指定された。

しかし、場末の映画館で声をかけられただけという関係から
引き取りに戸惑う野口を、刑事が詰問します。
焦った野口は二人の出会いを語りますが、
「ねい、ちょいと。都こんぶを買いはしませんでしたか?」
という牛乃京子からの声掛けに始まり、野口の描写は延々
6ページにも及びます。

要するに、彼が味わった不可思議さ、刑事の高圧的態度が
ますます野口を焦らせて饒舌にしますが、一向に二人の関係性が
見えてこない。刑事は苛立ち、野口は途方に暮れる。

するとステージ反対側に光が入り、そこではいかがわしい商売の
女が並んで摘発されています。その中で居残りを命じられた女こそ
牛乃京子であり、彼女は手持ちの水銀体温計を割り、
「今度はおまえの番だ」と何やら復習めいたことを言う。

まるで映像作品のサスペンスのようで、謎に満ちたオープニング。

次のシーンに移ると、野口青年は釈放されています。
尋問を終えて警察を後にする。すると男たちに声をかけられます。
リーダーはひっきりなしに、牛乃京子が中でどうしていたか
野口に迫ります。答えようのない野口ですが、京子がいかに
野口を慕い、頼りにしているかをリーダーの男は説きます。

この男たちも謎に満ちていて、牛乃京子とどういう関係か
物語が進むと判明していきます。彼らのゆくところ
常にこぬか雨が降っていて、彼らは穴掘りばかりしている。
というところで、一昨日は時間いっぱいとなりました。

まだまだ序の口です。次週は第2回。
少しずつ、牛乃京子の復讐のきっかけや内容。
どうして野口青年に声をかけたか、わかってきます。


7/3(月)『夜叉綺想』本読みWS 第1回レポート その①

2023年7月 3日 Posted in 中野WS『夜叉綺想』
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↑『夜叉綺想』の単行本。1974.9.15刊行です。
日本の古本屋サイトだと手に入りやすい!


昨晩は『夜叉綺想』本読みの初回でした。
ここから7月・8月・9月と3か月かけて行う大長編の第1回です。

まずは、本読みに入る前に執筆時期を推理するところから。
初演年の1974年、唐さんは多忙です。

4月から6月まで『唐版 風の又三郎』を国内で上演します。
その後、7月上旬から8月2日までアラブ・パレスチナに遠征する。
ここでの上演はアラビア語で、テキストレジした特別バージョン、
凱旋公演として8月22日に1回だけこのバージョンを東京で
上演しています。

ちなみに、翌年に初演された『唐版 滝の白糸』は、
この7-8月のパレスチナ公演中に書いたものと睨んでいます。
根拠は、ずいぶん以前に行った『唐版 滝の白糸』WSで紹介しました。

そして肝心の『夜叉綺想』の執筆時期。
この単行本は、新潮社の「書下ろし新潮劇場」に収まっています。
新潮社が連続的に演劇の台本を出版していたシリーズで、
井上ひさし、安部公房、秋元松代といった作家も
このシリーズに書下ろしています。

唐さんは1973年の『ベンガルの虎』に続く2作目。
『夜叉綺想』単行本の奥付きには初版1974年9月15日、
印刷9月10日とあるので、色々考えると、『唐版 風の又三郎』を
公演していた1974年6月までに書いていたのではないかというのが、
私の想像です。

7月からはアラブ・パレスチナ渡航のための準備が
(もちろん特別バージョンの稽古も含む)
あったでしょうし、とにかく、出版も考えると、
4-6月のタイミングにしかハマらない感じです。

いずれにせよ、当時の唐さんの常軌を逸した才気走りの
なせる技であることは間違いありません。

『夜叉綺想』は思考や構成によって周到に書かれたというよりは
書き殴られた感じ、ほとばしりが魅力の台本です。
それは、『二都物語』の次に書かれた『鐵假面』、
『ベンガルの虎』の後の『海の牙 黒神海峡篇』に共通する
いわばB面の魅力です。暗くて、過剰で、どこに着地するのか
予測できない物語の魅力。スタンダードな名作とは違った
面白さを、これから3か月かけて追いかけたいところです。

昨日の内容については「その②」として、また明日!