唐十郎フェスティバル(8) 〜自己管理

2005年3月30日 Posted in 2006以前

唐ゼミは、昨年の「黒いチューリップ」が終了し、今年一月より「唐十郎最終講義」の準備にかかり、一月の終わりまで最終講義の作業と稽古が続いた。

今回の「少女都市からの呼び声」の稽古は、二月から入ってからだ。舞台装置を作り始めるのも同様に二月からとなった。大阪の移動やテント建てなどをいれると、実質、一ヶ月未満の稽古の中で行われた稽古になった。

限られた時間の中で、どこまで精錬されたものを作り上げるか。もちろん、稽古期間が長ければ良い芝居ができるというわけではないのだが、舞台装置に関しては、時間の制約は受けざるを得なかった。二月は決して天気に恵まれた月とはいえない。思わぬところで足止めを食らう。特に、舞台は一からすべて作り上げているため、スケジュールはかつかつである。徹夜する作業もこなし、大阪に乗り込んだものの、大阪でも作業が減ることはなかった。また、他の劇団の劇も見に行ったために、時間に余裕などありはしなかった。

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唐ゼミは、表の役者と裏の作業を同時にこなさなくてはならない。裏の作業が徹夜に及んでも、疲労がたまろうと、体調を崩すわけにはいかない。体調を崩すことは、同時に劇に大きな影響を与えることになる。中野が演出したものが、舞台上で発揮されなければ、劇として成立しないことを意味している。

自己管理。これが重要になる。食生活に気を使うことも重要である。野外の舞台であるから、ホコリなどを気にしてマスクを着用したり、手洗いうがいを徹底することも重要である。また、宿舎に加湿器を持ち込んだりもした。睡眠不足も敵だ。
今回の宿舎は、家一軒をお借りし、劇団員全員が泊まらせていただいた。十八人が寝泊まりするのに十分な家で、広いとてもいい家であった。それまで、金沢ではロビーに、前回の大阪公演では楽屋に泊まらせていただいたが、今回が最も過ごしやすい環境にあった。ただ一つ、公演場所から距離があった点を覗けば、素晴らしい環境が整えられていたといってよい。
名前はここでは出しませんが、宿舎を提供してくださったことに心から感謝をします。ありがとうございました。

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外部の公演では様々な人にお世話になる。それは、大学内にいる時よりも多くの方にお世話になる。感謝してもしきれないほどだ。
唐ゼミが成すことはただ一つ。いい公演を打つことだ。
ひとつひとつの公演が勝負となる唐ゼミの公演が今後どうなっていくか。ぜひ、見届けていただきたいと思う。

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<Toshinobu Adachi>


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