5/31(火)渡英からちょうど4ヶ月目
↑グラインドボーン音楽祭の庭
↑我がThe Albany Theatreの庭
『腰巻おぼろ 妖鯨篇』研究を終えてから1週間が経つ。
台本に取り組んでいないと予定に余裕が生まれる。心にも余裕がある。
先週末はブライトンのフリンジ・フェスティバルに行ってショーを見、
ケッチさんに会えた。ケッチさんの出番は短かったけれど、
そのかわりケッチさんの勧める若手女性クラウンの素晴らしい出し物を
見ることができた。このショーの感想を間に置きながら、
私たちは来年2月に創る舞台について話し合った。
その後に泊まった海辺のドミトリーは8人相部屋で面白い経験だった。
帰るのは夜中だし、朝早く起きてエントランスの広々としたカフェで
仕事をした私は、むしろ彼らに迷惑をかけた側だったと思う。
朝になっていそいそとタキシードを取り出し、
四苦八苦しながら慣れない身支度をする私を笑いながら見守ってくれた。
案の定、芸人か、友人の結婚式に備えているだと誤解された。
ちなみに、ミス・ダイアンには帰ってからこの宿泊体験を報告した。
ブライトンはゲイの街だ。そう断言する彼女に事前に宿泊先を告げたら
猛反対されたに違いない。私としては、グラインドボーンという
貴族的な土地へ赴くことへの禊としてここに泊まったのだ。
シャンパン片手にドレスアップしてピクニックを楽しむだなんて、
名古屋の地方公務員家庭に育ち、テント演劇に明け暮れてきた
自分には耐えられない。
そしてグラインドボーン音楽祭。
タキシードその他、ドレスコードを満たす準備や、
生き帰りの方法について調べるのは大変だったけれど行った甲斐があった。
この小旅行にはやたらと膨大な待ち時間がつきまとうから、
林あまりさんが教えてくれたチャペックの『園芸家12ヶ月』と、
ウィリアム・ブレイクの本を読んだ。数年ぶりにのんびりできた。
以前にのんびりしたのは、親知らずを抜くために入院した時だ。
グラインドボーンは想像していたよりもずっと人間味があって、
嫌な感じはせず居心地が良かった。演奏はいつも聴いている
ロンドン・フィルで、相変わらずわんぱくな弾き方だ。
何より、イギリスの女流作曲家エセル・スマイスの
『The Wreckers』という演目と、新たな演出が良かった。
レッカーズ、つまり"レッカー車"の"レッカー"には
"故意に物事をダメにする"という意味がある。
20世紀の貧しい漁村の共同体の中で、不倫関係を貫く男女が描かれる。
僧侶の言葉も村人の忠告も彼らは振り切り、やがて心中を選ぶ。
こんなオペラだから、衣装はジーンズやオーバーオールが目白押しで
ひどく簡素だけれど、これはブリテンの『ピーター・クライムズ』と
ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』を掛け合わせた作品なのだ。
民主主義下の大衆の圧力にも、宗教的な抑圧にもヒロインは屈しない。
イギリス人にも関わらず、イギリスの地方都市を舞台にしたオペラを
フランス語の作品にしたスマイスの反骨心が溢れていた。
彼女はレズビアンだったらしい。女性の闘争心が全開のオペラ。
演出もそういう要素をさらに先鋭化させていて痛快だった。
休憩時間には、ウィンザーからきたという常連さんのおじさんに
話しかけられて、楽しく過ごすことができた。
ビルギット・ニルソンを生で聴き、マリア・カラスに会ったことが
あるという彼は、大の音楽ファンで、一年で何回か、ここに来るそうだ。
最近の歌手には不足を感じるとこぼしていた。
彼は手荷物を庭に置きっぱなしにして客席に戻る。
ロンドンの喫茶店では、トイレに立つ時には全ての荷物を
持っていかなければならない。それと、ここでの人々の振る舞いが
好対照を成していた。誰も盗みなんかしない。なんと贅沢な。
してみると日本は豊かだ。落とした財布が返ってくる世界。
私はと言えば、売店でこの音楽祭の過去公演CDが1枚5ポンドで
叩き打っているのを発見し(定価30ポンド)、狂喜して大量買いした。
まるでディスクユニオン。この買い物には本当に満足した。
無事に深夜に帰って翌日。朝の本読みWSを終えた後、
今度はオールバニーの庭でのアフリカ音楽フェスだ。
巨大スピーカーを持ち込み、街中に響き渡る音量でガンガンにレゲエを
かけていると、オシャレした若者たちが集まり、踊り始める。
参加無料のイベントだが、酒やスナックが飛ぶように売れる。
面白かったのは、トイレの数が全然足りず、若い女子たちが茂みに
飛び込み、ギャハハと笑い合いながら用を足していたことだ。
そしてまた踊りに戻る。若さと健康を撒き散らしていた。
グラインドボーンとオールバニー。
表面的にはぜんぜん違う両者は、しかし、
劇場、庭、オシャレ、飲み食い、音楽という衝動において
まったく同じ欲求に根ざしている。どちらかを侮るなかれ。
オールバニーを回りくどくするとグラインドボーンになる。
この回りくどさが文化だと、栗本慎一郎先生なら言うだろう。
日曜の夜は夜で、バービカンに行き、
ロンドン響とゴスペルのジョイントコンサートを聴いた。
いつもより格段に観客に黒人や子どもが多く、活き活きしたライブだった。
途中から立って踊り出す人さえいた。
昨日で、渡英してから鑑賞したものが100本に達した。
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