10/1(金)浅草との馴れ初め〜前編
↑2009年10月『下谷万年町物語』開場! 浅草花やしきにて。
10月です。いよいよ週明けに浅草に入ります!
実に、6年ぶりの浅草公演。
今日は台風。
集合を休みにしましたから、皆それぞれに準備をしたはずです。
道具や衣裳・メイクの素材、テント劇場の設営への装備、
医者や散髪といった体のケア。さまざまです。
私は、来週から浅草と『唐版 風の又三郎』にどっぷり浸かるべく、
他の仕事をしました。済ませられることは、済ませておかないと。
いよいよ浅草だと思うと、胸が高鳴ります。
昨日、このゼミログに書いた着物屋の佐藤さんのこともあり、
唐ゼミ☆が浅草でデビューした時のことを思い出しました。
そこで、今日から3日間、浅草で初めて公演した時のことをお話ししましょう。
事の起こりは『下谷万年町物語』から始まりました。
20代半ば過ぎ、学生時代から劇団を支えてきた仲間の何人かが去り、
途方に暮れていた私は、一発逆転を果たすべく、この演目の上演を
決意しました。絶対に再演不可能と言われた大作です。
『下谷〜』の上演には池が必要であり、長大な長屋のセットが必要であり、
何より、登場人物表に「万年町の娼夫85人」と書かれただけの出演者を
充たす役者たちが必要でした。
2008年春。当時の私たちは、実に1年半をかけてこの準備に乗り出します。
公演場所も特別なものにしたい。そう思った私は、浅草に注目します。
唐さんが幼少〜青年期を過ごした上野・浅草が物語の舞台です。
特に、かつて浅草六区にあったという瓢箪池は重要なポイント。
そうだ!瓢箪池があった場所で公演しよう。
物語の始まりが、そもそも今は無くなってしまった瓢箪池を忍ぶ
一人の中年男の長ぜりふから始まります。ならば、私たちはその場所に
立ってこの芝居を始めたかった。
絶対に浅草で公演したいと思い定めて相談に行ったのは、
すしや通りにあるお蕎麦屋「十和田」の女将さんでした。
遡ることその2年前、2006年に墨田区で公演した際
(演目は『お化け煙突物語』『ユニコン物語〜溶ける魚篇』)
私たちは浅草にポスターを貼りに行きました。
その時に、女将さんと知り合った。
以来、年末年始や春・夏休みの繁忙期など、
私たちは浅草でアルバイトをさせてもらい、ご馳走にもなっていました。
どうにか浅草で公演できないか。テント劇場を立てられる場所はないものか。
襟を正してご相談にいったことが、全ての事の始まりでした。
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