1/11(水)身内にも分からないほどの顔面の変形
2023年1月11日 Posted in 中野WS『秘密の花園』 Posted in 中野note
↑北宋社『紅い花 青い花』
後に唐さん同じ出版社から『ユニコン物語 台東区篇』を上辞します
引き続き『秘密の花園』のことが気になっています。
劇の冒頭でおでこを押さえている青年・アキヨシ。
なぜ押さえているかというと、日暮里駅前に生えているうるしにかぶれたから。
どれほどかぶれているかというと、ついさっきまで一緒にいた実のお姉さんにも
アキヨシだと見分けがつかないほど、という設定です。
・・・という具合なので、これだけで相当なかぶれ具合、
アキヨシの顔面が大いに変形してしまったことが想像できます。
しかも、ことが起こったのはほんの僅かの時間だという。
どれくらいかといえば、一緒に日暮里駅に降り立ったお姉さんがトイレに行き、
戻ってくるまでの間。どう考えても10分ほど。長くても30分とかからない間に
すっかりかぶれて見分けがつかなくなってしまった、という設定がおもしろい。
なかなか奇抜な発想といえますが、これは唐さんオリジナルのものでは
ありません。唐さんの好きな泉鏡花の『龍潭譚(りゅうたんだん)』という
短編に、唐さんのアイディアのもとになった少年とその姉が登場します。
『龍潭譚』
少年がお姉さんに禁じられた外出をするところから物語は始まります。
しかも行ってはいけないと諭されていた方角に進み、
少年は咲き乱れた躑躅(つつじ)に魅せられ、かぶれます。
この小説の場合はうるしではなく躑躅です。
それでいて、顔がかぶれてしまうところは一緒です。
少年が迷子になりながらも家に引き返そうとするうちお姉さんを発見しますが、
必死で弟を探す姉には少年の正体がわかりません。
結局、家の使用人に助けられて家に戻ったところでこの短編は幕を閉じ、
自分の慕うお姉さんに他人の扱いを受けてしまった体験も含めて、
少年には夢魔として一連の冒険が記憶されるという話です。
比較してみると、唐さんの場合はほんのトイレにたった隙の一瞬の
出来事である点が、一層の効果を上げていることがわかります。
現実的には、ほんの刹那に肉親からも分からないほどにかぶれてしまうのは
かなり理不尽ですが、それが『秘密の花園』という台本が持つ
強い魅力につながっています。
執筆当時の唐さんは、後に親しくなる文芸評論家の堀切直人さんと
知り合っています。北宋社という出版社で、日本の現代作家が書いた
花に因む短編を集め、『紅い花 青い花』というアンソロジーが編まれたのが
きっかけだったそうです。この本には泉鏡花も、別の機会に触れたい夏目漱石も、
唐さんの作である『銭湯夫人』も収められています。
これを、唐さんはニューヨークに行く際に持っていったのだそうです。
古本で手に入り辛いですが、興味のある人は探してみてください。
『龍潭譚』の方は、岩波文庫の『泉鏡花短編集』などで簡単に手に入ります。
トラックバック (0)
- トラックバックURL:
コメントする
(コメントを表示する際、コメントの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。その時はしばらくお待ちください。)