11/19(火)プロ中のプロ

2019年11月19日 Posted in 中野note
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今日は近所にある若葉町ウォーフで、佐藤信さんプロデュースによる、
清水宏さんの「戯曲の真相」シリーズ第7弾『井筒』を観てきました。
これがとても面白かったし、思い出すこともありました。
そこで、昨日から始めた話は明日に回すことにします。


この「戯曲の真相」シリーズは去年に始まり、だいたい三ヶ月に一回のペースで行われています。
信さんが古今東西の名作戯曲の中から年に四本をお題として提案し、
それをスタンダップコメディアンの清水宏さんがどう料理するのかが見どころ、
本編が終わると必ず二人のトークがつきますが、これがまたガチンコで、見応えがあります。

今回、選ばれたのは世阿弥元清の『井筒』。夢幻能の傑作として名高い演目です。

物語は、旅の僧が大和の国の在原寺に立ち寄るところから始まり、
そこに現れた女は、自分がかつて在原業平と育んだ恋の思い出を語ります。
『伊勢物語』の主人公と目されてきた業平は、平安朝きってのプレイボーイであり、
「井筒」とは要するに井戸のこと、袂に秋を表すススキをあしらってあるのが本作の特徴です。
やがて僧が野宿をしていると、在原業平に扮した女が現れます。
井戸の水面に映る自分の姿に、業平への思慕を募らせるというストーリーです。

スタンダップコメディアンの面目躍如たる前振りの後、
清水さんが演じた約30分間の『井筒』は、
能楽堂で観るお能の上演より、極めて正統的に謡曲『井筒』を伝えるものでした。
女が寂寞と立ち去ってゆく終幕も、最後に閉まるシャッターの音も、簡素にして効果的。
ストレートに『井筒』を観た!
主人公の女性の哀切をしみじみと観てきました。


私が唐さんとのことを思い出したのは、その後に行われたアフタートークでのことです。
信さんと清水さんの話題は作者である世阿弥に及び、
清水さんが劇団時代に読んだ『風姿花伝』の話になりました。

それによると、「秘すれば花」など、有名な言葉に溢れた『花伝書』の中で、
当時の清水さんの目に留まったのは、中ほどにある一問一答のパートだったとのこと。

特に観客の集中を集めるのが難しい昼間の上演にあっては、
開演を焦らせて焦らせて観客のボルテージを揚げ、昂まったところで不意に始めよ、
と世阿弥が説いた件りだったそうです。
ご本人も認める通り、この振る舞いは清水さんの芸に全く通じています。

さらに面白いのは、しかし、権力者が来た時には一も二もなく始めよ、と厳命している点です。
このあたり、世阿弥は大変に現場的で、彼は決して孤高のアーティストではなく、
あくまで足利義満をパトロンとした職業俳優であったことを伺わせます。
つまり"プロ芸人"なのです。

そこで思い出したのですが、私たちも唐さんに、プロの何たるかを教わったことがあります。

あれは2006年、私たちが初めて青テントで都内に進出できた時のことです。
場所は現在、まさにスカイツリーが建っている場所。
墨田区と東武鉄道、他にも様々に協力して下さる方のご好意で、
それまであった建物の取り壊しが終わり、これから着工だという束の間のあの場所を、
私たちは春と秋、特別に借りることができたのです。

そして、事件は秋公演『ユニコン物語』の終演後に起こりました。
その日は、主人公の敵役を演じていた禿恵のコンディションが極端に悪く、
かつて小林薫さんが演じた「八房(やつふさ)」役の膨大な長科白に四苦八苦した彼女は、
声を枯らしてしまっていたのです。
私にはあまり怒ることの無かった唐さんですが、
それまでも、役者の調子を整えられなかった時ばかりは烈火のごとく怒声を浴びました。
俳優がベストパフォーマンスを見せられないことが嫌で嫌で、歯痒くて仕方ないのが唐さんでした。
しかも悪いことに、その日は評論家や新聞記者、演劇関係者をお迎えする日だったのです。

車座になり、いつもより速いペースでグラスを煽る唐さんは明らかに荒れていました。
そして宴会もハネてお客さんが出払った後、ついにこう怒鳴ったのです。
「新聞記者が来た時に本気を出すのがプロだろう!」

唐さんが見せたこの剥き出しの悔しさは、ほんとうに応えました。
ちょっとでも分別があり、恰好を付けた大人はこんなことを言わないものですが、
あまりに率直に、まさに地団駄を踏む唐さんがそこにいました。

その後は、さすがに経験を積み、あれほどの致命傷を役者が負うことはありませんが、
やっぱり本番が近づくと、かなり繊細に目を配るようになりました。
声というものは、ずっと喋っていなくともある声域を出すと、途端に枯れるものでもあります。

今は「東京スカイツリー駅」となったあの場所、当時は「業平橋駅」という名前でした。

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