12/29(木)行き残した場所 フェルパム
2022年12月29日 Posted in 2022イギリス戦記 Posted in 中野note
↑この景色はブレイクの過ごした220年前も同じだったのではないか。
ロンドンから南に2時間ほどのところにある海岸沿いの街だ。
真南に行くと有名なブライトンがある。
海沿いに西に行くと日本人が名前だけ知っているポーツマスがある。
フェルパムはその間にあるマイナーな街。
ここは詩人ウィリアム・ブレイクの関連地で行き残した最後の場所だった。
ずっと気にかかっていたが、遠出でもあるし、特段イベントもなく
いつでも行けるものだから後回しになり、ついに帰国の日が迫ってしまった。
それで、早起きして行くことにした。
生きている間は不本意な仕事しかできなかったブレイクは
生粋のロンドンっ子で、70年の生涯のほとんどをロンドンで過ごした。
けれども、あまりの困窮に3年だけロンドンを離れる。
そこで移り住んだのがフェルパムだった。
明らかな都落ちだから、きっと寒村だろうと想像していた。
けれども、実際に訪れたフェルパムは観光地で、店も多かった。
ブレイクが暮らしたのは1800-1803年だから一概に同じとは言えないが、
暖かで風光明媚なことに変わりはなかったと思う。
昨日は寒いし、雨だし、強風だったけれど、
ここが冬でなければとても過ごしやすい土地であることはすぐに分かった。
ブレイクが暮らしたコテージは博物館として保存されている。
残念ながら修繕が間に合わずに中に入ることはできなかったが、
外から眺めることができた。この場所で彼は中年の三年間を過ごしたのだ。
今までは、何か寂しげな三年を想像していたが、実際に来てみると
英気を養うような期間だったのではないか。そう思えてきた。
そのコテージの目と鼻の先にあるパブ、The Fox Innで食事した。
創業は1790年だからブレイクが越してくる10年前からここにあったわけだ。
このパブでブレイクは反動的な演説を打ち、逮捕されたという。
さらに3分ほどのところにある聖マリー教会。
誰もいない建物の周囲をウロウロしながら、たまたまやって来た男性に
声をかけると、電気を点けて中を案内してくれた上、ブレイクを記念した
ステンドグラスの場所を教えてくれた。ちゃんと隅の方にキャプションがある。
一番の収穫はビーチだった。
行きしな、小雨・強風の荒々しい海辺づたいに歩いて縁の地一帯に辿り着いた。
風が強過ぎて傘がさせない。体を前に傾けないと進めないような風。
あまりに強過ぎて、すれ違う人たみなと笑いながら挨拶を交わし合った。
ふとみると、カモメが何匹も飛び立とうとしていた。
海の方に向かって風に乗ろうとする。けれど、誰も彼もが押し戻されて
着地を余儀なくされていた。けれども、飽きることなく、もう一回、もう一回。
海辺とカモメのこと。
この景色はブレイクの頃と変わらずにあるものだろう。
これを見て、彼は励まされたかも知れないと思った。
そうしてロンドンに戻ったのかも知れない。
1803年から20年数年間、ブレイクはロンドンで足掻いた後に亡くなる。
移動時間合計5時間。滞在時間2時間半という小旅行だった。
強風すぎて傘もさせず濡れたから、帰国前に風邪をひかないようにしなければ。
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