12/30(木)年末の収穫③
2021年12月30日 Posted in 中野note
年末の収穫の最大級は、新井高子さんの本です。
幻戯書房から12月12日に刊行された
『唐十郎のせりふ 二〇〇〇年代の戯曲をひらく』。
この本を読み始めてすぐ「これは凄い!」と惚れ込んだ私は、
先日のワークショップで即座に参加者にこれを大プッシュしました。
それほど優れた仕事だと思います。もう、マイッタという感じ。
新井高子さんは詩人です。
いつもおてんばな少女の雰囲気を持つ詩人。
しかし、その視線の鋭さはまったくあなどれません。
唐さんの芝居を巧みに捉え、実に正確な分析をされています。
しかも詩情をもはらみ、かつ新井さんご自身の作品にもなっている。
このバランスも素晴らしい。
私がこの本を第一に勧めたいのは、新井さんがご覧になってきた
21世紀の唐戯曲に、見事な「あらすじ」が書かれていることです。
「あらすじ」というと簡単に聞こえるかも知れません。
けれども、唐作品から確かな「あらすじ」を抽出する至難を
私は知っています。そしてまた「あらすじ」を捉え損ねた唐作品上演が
多くあることも、自分はさんざん観てきました。
あの言葉や物語、エピソードの氾濫の中に分け入る
新井さんのメスの鋭さ。劇の骨格を曇りなく捉え、役柄やせりふ、
時によると小道具までもがどう機能しているのか、開陳してみせる。
恐れ入りましたの一言に尽きます。
それでいて理に勝ち過ぎず、詩人ならではのイマジネーション、
詩情に溢れていて、新井さんの登場人物ひとりひとりに対する共感、
慈しみや情愛が、温かみを以って読ませます。
自分はこの本を敢えて一気に読まず、各演目を1日ずつ読み進めました。
それは各演目15〜20ページごとに書き込められた新井さんの筆致に、
劇一本分の量感、充実があったからです。
一晩に芝居を何本も観るのはもったいない。一本一本を丹念に味わいたい。
新井さんの本は、掛け値なしにそう思わせてくれました。
この本が追いかけた芝居の数々は、私が唐さんに接するようになってからの
唐組公演とほぼ重なります。この本を読みながら、自分の観劇体験が
かつて観たよりさらに色鮮やかに再生されるのを感じました。
唐さんは確かにこれだけのものを書き、演出していた。
しかし、こちらの視線はその豊かさの全てを捉えるに及ばなかった。
それが、新井さんのフィルターを経て、こんなに素晴らしいものに
接してきたのだ、と輝きを新たにしました。
この本は、実際の公演を未見の人、唐十郎初体験の人にも、
唐作品の組み立てや面白さがわかるように書かれています。
そして、これから唐作品の上演を司どる現場の人間にとって、
この本は大きな指南書になる。基礎と奥義が同時に込められています。
ビジュアルをどう作り、道具をどう扱い、登場人物をどう捉えるのか。
何より、書きつけられたことばをどのようにせりふとして吐くのか。
「訳がわからない」「支離滅裂」「感じるもの」「アングラ」
そう評されることの多い唐作品に確かな道しるべを示してくれる。
やはり最大級の収穫です。新井さんの続編に期待します!
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