12/4(火)『外套』と宝物②

2019年12月 4日 Posted in 中野note
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ご存知、岩波文庫です。自分が初めて買った時より、文字が大きい!
「自意識こそ宝物」と唐さんはよく言っていました。

『外套』の主人公・アカーキイは、
内向的で、いかにも目立たない存在です。
周りから馬鹿にもされている。
けれども、外套を新調するという大奮発をすることで、
彼が人並みに備えていた、
目立ちたい、脚光を浴びたいという思いが露わになります。
が、自分が主役であるはずのパーティではあっさりと無碍にされ、
その帰り道、強盗に出来たばかりの外套を奪われてしまいます。
警察署長に訴えても、さる有力者に訴えても、
かえってその僭越を怒鳴りつけられる始末。

すっかり悲嘆に暮れて、憤死してしまうアカーキイ。
亡霊となった彼は、いまやすっかり街の人々を脅かす存在となり、
やがて、自分を辱めた有力者の外套を奪い取って復讐を果たします。

彼が日々、慎ましく過ごした時間、
外套を新調するため、重ねに重ねた倹約、
新しくやってきた外套を、慎重さを尽くして恭しく扱う手つきは、
いずれも彼の内に眠る自意識のなせる術です。
普段、誰にも見せることの無い、彼の心の内。

秘めたる思いが多ければ多いほど、
その爆発はダイナミックに展開します。
結果、彼は亡霊となり、いびつな形ではありますが、
世間に打って出ることに成功します。


唐さんは、無名の、
役者とも言えないような役者が好きなのだと言います。
もっと言えば、無名の役者がその名を轟かせる瞬間を、
物静かで、とても人前で大声など出せないような青年が、
突然、猛り狂って弾けるジャンプの時を、
常に狙っていたように思います。
だから、『外套』を好むのです。

「自意識こそが宝物だ」と励ますように言ってもらったことが、
自分には何度もありました。
唐さんには、あまり落ち込んだり、
悩んでいるところなどは見せないようにしているつもりでしたから、
ドキリとさせられましたが、判っているのだろうと思います

ちなみに、この名翻訳は山田肇さんの手によるものですが、
唐さんにとっては、山田肇先生です。
明治大学の教授でしたからね。

他にも、唐木順三先生、木下順二先生という具合に、
学生時代に形骸に触れた方々を恭しく、敬意を込めて呼びます。
いかに唐さんが生真面目な学生であったのかが、
その呼び方から、唐先生の学生たる私にも伝わってきます。


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