12/8(火)祠(ほこら)の時間④

2020年12月 8日 Posted in 中野note
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↑唐ゼミが2002年に上演した『ジョン・シルバー』の「小男」

『糸女郎』が初演された2002年春。
唐組公演のツアーは4月に岡山、大阪を経て、
5月GWに新宿花園神社にやってくる行程でした。

そのさなか、岡山公演と大阪公演の間に、
唐さんは関東に帰ってきました。
年度が明け、すでに始まっていた大学の講義を行うためです。
このあたり、唐さんは実に律儀に教授職をまっとうされていました。

一方、私たちは、すでに春休み中から、
ずっと『ジョン・シルバー』の稽古をしていました。
この時、私は初めて主体的に唐さんの作品に取り組んでいたのです。

前年に上演した『腰巻お仙〜義理人情いろはにほへと篇』は、
あくまで唐さんご自身が指定した台本でした。
その感触にピンときた私は、
「次回は『ジョン・シルバー』を!」と唐さんに希望したのです。

現在に比べ、まだまだ戯曲やせりふの内容を理解していたとは
言い難かった当時ですが、それでも、あの一度聴いたら忘れられない
『ジョン・シルバーの唄』と、シルバーが帰ってくるかに見せかけて、
実は情けない「小男」が現われるトンチンカンな終盤を面白いと思いました。

当時はまだ下井草にあった唐組の事務所兼稽古場を訪ね
私たちは配役を決めるためのオーディションにも臨みました。
冒頭の「裸足男」や「小男」について、複数の学生が演じるのを希望し、
彼らがワンシーン演じてみせるのを見て、唐さんと私で配役を決めました。

それらが全て2001年度末に行われ、春休みは稽古。
4月、緊張しながら唐さんを迎えました。
この頃までに、二幕の途中まで稽古は進んでいました。

できているところまで唐さんに通し稽古を見せます。
結果、唐さんは二幕に出てくる「小男」に反応されました。
良い反応。今となっては、彼が戦災孤児であることは明白ですが、
当時はそんなことも解らずにせりふを言っていました。

往時の劇団員だった前田裕己が「小男」を勝ち取り、
引き連れているリヤカーや昆虫採集用のアミを見ては
その小道具の由来を思い出し、長せりふを捲し立てました。
「小男」は忘れっぽい。それでいて、自身の体のそこここに
保管している小道具を見つめては、延々と思い出を語る。
健忘と偏執が激しく入り乱れる彼に唐さんは大層ご機嫌になり、
何やらご自身の創作へのヒントを得たようでした。

あれこそ「まだらぼけ」だよな!

どうやら唐さんは、つい先日までいた大阪の商店街で、
「まだらぼけに効く薬あります」と謳う薬屋さんに
強く惹かれていたらしいのです。
そこへきて、ご自身が20代の頃に生み出した
「小男=まだらぼけ」を発見した。実に愉快そうでした。

それから数ヶ月後に、唐さんは『泥人魚』を執筆。
「小男」と「まだらぼけ」は翌年に、唐さん演じる
「伊藤静雄」となって結実しました。

↓唐ゼミ☆となり、2019年に上演した『ジョン・シルバー』の「小男」
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