1/8(金)電車と唐さん⑤

2021年1月 8日 Posted in 中野note

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↑引用のせりふの場面(2004.4.25)。

唐さんから「山手線」ということばを際立たせるべし、

と指導されたことも。


電車と唐さんにまつわるエピソードの第5弾です。


私の大好きな初期作品『ジョン・シルバー』の中で、

女房・小春が夫・シルバーの家出を語る際、

山手線が重要な役割を果たします。

 

それは、こんなせりふによく表れている。

 

小春 山手線の長い灰色のホームを先へ先へ、

   ずっとむこうへむこうへ、つんのめるようにして行っちゃった。



正確には、小春はシルバーの家出を見たわけではありません。

(目の前で出奔されたら、普通、止めますから)

ですから、これは小春の妄想です。

彼女は、シルバーと山手線を利用するたび、

シルバーが海の方(上野を起点として品川の方角、つまり南)を

見つめていたのが気になって仕方なかった。

だからこそ、きっとこうであったに違いないと決めつけて、

先ほどのせりふを叫ぶ。


芝居本編の中で、小春が九十九里浜にシルバーを

探しにくるくだりがありますから、南方に海ありという

位置関係を裏付ける証拠になります。


ところが、私たちが学生時代にこの『ジョン・シルバー』を上演した際、

これにツッコミを入れた人がいた。

当時の唐十郎教授の同僚で、数学者の根上生也先生です。


根上先生は芝居を観た後、実に数学者らしい正確さで

「唐さん、海を目指すなら山手線でなく京浜東北線ですよ」と仰った。

その後、すっかり酔っぱらった唐さんは帰り道に

「あいつは文学がわかっていない!」と叫ぶ始末。


それでいて、教授時代の唐さんは私たちが公演する時には

いつも、「根上さん、来ないかな?」と気にしていました。

そんな指摘をして勝ち誇る根上先生の幼なごころは

結局は唐さんご自身の世界と一脈通じるところがあり、

ちょっと好きなようでもあったのです。


あるいは、十代のころ、

お父様から医者になることを嘱望されながら、

理数系への苦手意識からそれを断念した唐さんにとって、

"数学者"という存在に、畏敬の念や面白さがあったのかも知れません。


学課の忘年会の時など、親しげに喋ったり、

それでいてやっぱり子供っぽい意地を張り合ったり、

私から見て、お二人はとても仲良く感じられました。


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