1/8(金)電車と唐さん⑤
↑引用のせりふの場面(2004.4.25)。
唐さんから「山手線」ということばを際立たせるべし、
と指導されたことも。
電車と唐さんにまつわるエピソードの第5弾です。
私の大好きな初期作品『ジョン・シルバー』の中で、
女房・小春が夫・シルバーの家出を語る際、
山手線が重要な役割を果たします。
それは、こんなせりふによく表れている。
小春 山手線の長い灰色のホームを先へ先へ、
ずっとむこうへむこうへ、つんのめるようにして行っちゃった。
正確には、小春はシルバーの家出を見たわけではありません。
(目の前で出奔されたら、普通、止めますから)
ですから、これは小春の妄想です。
彼女は、シルバーと山手線を利用するたび、
シルバーが海の方(上野を起点として品川の方角、つまり南)を
見つめていたのが気になって仕方なかった。
だからこそ、きっとこうであったに違いないと決めつけて、
先ほどのせりふを叫ぶ。
芝居本編の中で、小春が九十九里浜にシルバーを
探しにくるくだりがありますから、南方に海ありという
位置関係を裏付ける証拠になります。
ところが、私たちが学生時代にこの『ジョン・シルバー』を上演した際、
これにツッコミを入れた人がいた。
当時の唐十郎教授の同僚で、数学者の根上生也先生です。
根上先生は芝居を観た後、実に数学者らしい正確さで
「唐さん、海を目指すなら山手線でなく京浜東北線ですよ」と仰った。
その後、すっかり酔っぱらった唐さんは帰り道に
「あいつは文学がわかっていない!」と叫ぶ始末。
それでいて、教授時代の唐さんは私たちが公演する時には
いつも、「根上さん、来ないかな?」と気にしていました。
そんな指摘をして勝ち誇る根上先生の幼なごころは
結局は唐さんご自身の世界と一脈通じるところがあり、
ちょっと好きなようでもあったのです。
あるいは、十代のころ、
お父様から医者になることを嘱望されながら、
理数系への苦手意識からそれを断念した唐さんにとって、
"数学者"という存在に、畏敬の念や面白さがあったのかも知れません。
学課の忘年会の時など、親しげに喋ったり、
それでいてやっぱり子供っぽい意地を張り合ったり、
私から見て、お二人はとても仲良く感じられました。
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