2/14(日)朴淵成との仕事

2021年2月14日 Posted in 中野note
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ソウルにあるヨンソンの実家に無理やり電話した私のオーダーを受けた彼は、
「わかったよ」と言いました。それから彼は、私がメールで送った
日本語版の『盲導犬』データに目を通しながら来日し、
卒論そっちのけのカンヅメ生活による共同翻訳をしました。

私が唐さんのことばの意味を伝え、彼がそれをハングルに置き換える。
とりわけ印象深いのは「影破里夫」が「フーテン青年」に暴力的に迫り、
自らのフンドシをチラつかせるシーンです。
たまりかねたフーテンは、「そんなもの隠しとけ、酒屋のたぬき!」と罵る。

「そんなもの隠しとけ、酒屋のたぬき!」

これは難しい。「そんなもの隠しとけ、」はいけるのですが、
「酒屋のたぬき!」がどうしても難しい。

これをどう翻訳したら韓国人に伝わるのか二人で考え抜きました。
まず、ヨンソンは居酒屋の前にある瓢箪を持ったたぬきを知らなかったので、
当時、私がアルバイトをしていた浅草で見かけたそれを写真に収めました。

「なぜ、日本の居酒屋の前にはこんなものが飾ってあるのか?」
とヨンソンは質問してきましたが、私には
「わからないけど、とにかくずっとあるんだよ!」
としか言いようがない。とにかく二人で思案しました。

結果、たどり着いた結論は、日本語に訳すと、

「そんなもの隠しとけ、このおすもうさんが!」

と、なりました。
「韓国人にフンドシを伝えるなら、これしかないよ・・・」
というヨンソンの判断には、実に正確なものがありました。
ちなみに彼は、相撲が大好きでもあった。

こんな作業を重ねながら、ハングル版の『盲導犬(メンドギョン)』は完成。
私は対訳台本にを用意し、ハングルにはカタカナを振って稽古に臨みました。
韓国語を解さない私には、ヨンソン訳の威力を見極める力はありません。
が、当のヨンソン自体は、自らの仕事にものすごい達成感を覚えたらしく、
最後まで、細部の練り直しを行いつつ、大切に台本を抱えていました。

後日、私が彼の卒業論文や卒論発表をサポートしたのは言うまでもありません。
朴淵成によって、私の韓国人観は現在も前向きなものであり続けています。

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