3/11(金)激しく打ちのめされる

2022年3月11日 Posted in 2022イギリス戦記 Posted in 中野note
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↑カーテンコールから。一日の終わりにめった打ちにされてトボトボ帰宅。

今日は調子が良かったのである。
新居に越して間も無く1週間が過ぎる。
一日のルーティンも定まってきた。
ミス・ダイアンの主導によって生活の中にコーヒーやティータイムが
自然に入り、日常はやや優雅になった。
就寝は早まる。彼女が寝たら自分も寝よう。
体力はより回復するだろうから、欲張りたい作業は明日の早朝に見送る。
そういう諦めも自然とつくし、結果的には身体に良いはずだ。

朝、学校に行くと、不思議と会話が入ってくる。
エリザベス先生の言うことも、課してくる課題もよくわかる。
英語に慣れてきたのだなと思った。いいぞ。いいぞ。オレ。

午後はオンラインミーティングが日本あった。
Albanyの周囲でコロナがくすぶっているらしく、
本当はLewishamの新拠点に集結して対面の会議をするはずだったのを、
急遽Zoomに切り替えたのだ。劇場では催しがひっきりなしだ。
これらを生かすために、少しでもリスクを刈り取らなければならない。
コロナに対するロンドン全体の雰囲気は極めて緩いが、
ミミの連絡から切迫感が伝わってきた。

そして、このミーティングが楽しいのである。
明らかに先月や先週よりもわかるようになっている。
今、資金調達の話をしている。今、先々のスケジュールを組んでいる。
最後に振られた時も、テキパキと質問や確認ができるようになった。
聴くことが大幅に楽になり、喋りはややマシになってきた。

それでも、みんながダーッとまくしたててくると
頭が彼らの喋りをブロックしてフリーズに向かい、やたらあくびが出る。
わかりやすく負荷がかかっているのがわかる。
そういう時はモニターをオフにしてゴロゴロしながら聴く。
治ったら画面をオン。そうすると何とかついていけるのだ。

会議後のみんなにも励まされ、やれそうだな、などと悦に入った。
が、今日の夜にAlbanyで観た催し。これは相手が悪すぎたのである。

今回のフェスティバルに合わせて書き下ろされた新作戯曲の
サンプル・リーディング公演だ。これには参った。
7人の男女が出てきて、台本を手にしゃべる。
かなり緊密に演出・稽古されていて、道具立てこそ少ないものの、
今回自体を作品として見せよう、という意志を感じる。
完成度は明らかに高い。

しかし、内容は心底よくわからなかった。
考えてみれば、学校も会議も、文脈があるのである。
先週がこうだったから、昨日がこうだったから、そういう前段がある。
ところが、新作戯曲のリーディング公演は街場の殴り合いみたいなもんで
どう言う世界か設定を理解することが極めて難しい。

開演前、たまたま隣に座ったジャーナリストの女性と楽しく談笑した
までは良かったが(彼女もBush Theatreに入ったばかりだった)、
始まってすぐ迷子になり、90分間眠くて仕方なかった。

よくよく考えてみれば、午前や午後の予定は英語力でなく
洞察力と慣れて凌いでしまっている疑いがある。
もう今日は挫折とともに寝る。ああ、古典劇とかやっていないだろうか。

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