3/29(日)よみがえる雪中行軍

2020年3月29日 Posted in 中野note
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雪と自粛要請により人通りは少ないですが、
伊勢佐木モールのお店はほとんどいつもの通り開店。さすがです。


今日は雪でしたね。
外出を自粛すべしとお達しが出ていたところに雪が重なり、
ちょうど良かった。きっと車の事故なんかも少なくて済んだだろうな、
と想像しているのは私だけではないはずです。

今日はフロントガラスに積もる雪と格闘しながら、
朝から山の上にある文化施設に行ったり、劇場に寄ったり、
ほとんどいつものようにウロウロしていました。

思えば、降雪にドキドキさせられた経験は、過去に何度かあります。


2009年春先のこと、私はトヨタハイエースで大阪に向かい、
そこから名古屋を経て上越に旅しました。

2008年末に行った『ガラスの少尉』公演の際、
舞台セットの一部を南河内万歳一座さんに、
音響機材の一部を劇団KIOさんに、
お借りしたのでそれぞれ返却に行き、
次いで、いつも和服の古着を送って下さっている上越の古着屋さんに、
来るべき『下谷万年町物語』に備え、厚い協力をお願いしに行くのが
目的でした。

問題が起こったのは上越に着きかけた日の夕方で、
小雪が舞い始めたにも関わらず、当時の私は北陸の天候に無頓着、
こういう場合は車のワイパーを上げて駐車するものだということさえ
知りませんでした。

翌朝、一面の雪景色にかなりビビりましたが、
心配そうに見送る皆さんに「妙高高原を越えれば大丈夫だから」
と励まされながら、ハイエースをお尻ふりふりスタートさせました。

やっと長野の飯田に入った時、
いつの間にか雪跡さえもスッと消えたことにいたく感動し、
雪国との境界を見たように思いました。


さらなる試練は忘れもしない2013年の成人式で、
あの時は水戸芸術館で行われたコンサートに勇んで行き、
良かった良かったとホールを出たら一面まっ白になっているのに
ビビりました。
何せ天気予報には、雪の兆候は全く見られませんでしたから。

仕方ないので、やはりお尻ふりふり帰途についたのですが、
当然のように高速道路は閉鎖され、路肩には立ち往生した車の山。
あのような骸と化してなるものかと気合いを入れてローギアを駆使し、
下道を12時間かけて横浜に辿り着きました。

坂道のみならず、ちょっとした交差点の右折にも
後輪が雪に取られて空転する罠を何度も味わいましたが、
確かあの年以来、気象庁は異様に大袈裟に雪だ雪だと予告するように
なったのだと記憶しています。


公演中の雪といえば、ただ一度だけ。
2005年3月に近畿大学で行われた「唐十郎フェスティバル」に
『少女都市からの呼び声』を用意して参加した際、
3月3日の公演で雪が降りました。

客席は近大から借りた10台以上の石油ストーブで温かでしたが、
物語の終盤、ドクター・フランケ醜態を演じた名優・杉山雄樹が
舞台裏をオムツ姿で震えていたのを思い出します。

とはいえ、極寒の満洲が登場し、
ガラスの世界の住人・雪子がヒロインであるこの演目の上演には
なかなかオツな環境であったとも記憶しています。

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