4/2(金)唐十郎に教わった"女"と"犬"

2021年4月 2日 Posted in 中野note
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↑近所の黒犬

昨日に佐々木がレポートしたように、
『盲導犬』のワークショップが終わりました。
2ヶ月間、全9回、コツコツと積み上げること、合計18時間。

最初から最後まで通しで本読みをすると、
まるで長旅を経たような達成感に包まれます。
参加の皆さんと一緒に大きなドラマに触れることができました。
おかげで、ちょっとボンヤリした充実感とともに、昨日一日を過ごせました。

大学2年生の時、伊勢佐木モールの古本屋で角川の文庫本を買いました。
初めて『盲導犬』を読んで、それから、
22歳の時に、唐さんに「上演させてください!」とお願いしました。

「不服従の犬」「永遠に飢えたる者」=「ファキイル」
だなんて、なんてカッコいい台本なんだろうと、思っていました。
影破里夫のせりふ、「不服従」というキーワード、
ハングリーで良いじゃないか!なんて男らしい芝居なんだ!と

しかし、実際の上演を経て、私の作品イメージはガラリと変わりました。
『盲導犬』の真の主人公は「銀杏(いちょう)」なのです。
女である「銀杏」と、犬である「ファキイル」が重なっていく物語なのです。

男が身勝手に託してしまう「不服従」や「反体制」を越えて、
もっと身勝手に、気まぐれに、体制を振り回し、揺さぶるのが、
「女」と「犬」だと、唐さんは、政治運動に挫折した青年たちを描いた
芝居をやっていた初演時の演出家、蜷川幸雄さんを挑発したのだと思います。

「女」と「犬」をどこまで自由に捉えられるか、
人はついつい自分の尺度で他人を計ったしまいますが、
世の中には、恐ろしくて、謎めいて、言うことを聞く時もあれば、
聞かない時もある。そして、その聞く時と聞かない時にまったく規則が見出せない。
そういう、驚異(脅威でもある)の"他人"がいることを予感させてくれたのが
この『盲導犬』でした。

唐ゼミ☆初演時、世界には"他人"がいることを唐さんに教わった、
思い出深い台本。『盲導犬』を読むと、なんだか目眩がします。

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