5/17(火)おそるべき伴奏

2022年5月17日 Posted in 2022イギリス戦記 Posted in 中野note
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↑大好きな真横の席から

『唐版 風の又三郎』浅草公演が終わった後、
私と林麻子はサントリーホールに行った。
林は音大のピアノ科を出ていて、その能力を活かして
劇中歌ワークショップを行っている。彼女は内田光子さんが
好きだそうなので、それで初めて生を聴きに行ったのだ。

私が内田さんのCDを初めて聴いたのは大学1年生の時で、
当時、横浜国大の先生だった許光俊さんの本『クラシックを聴け』
の中で、内田さんのモーツァルトのピアノソナタへの解説があった。

あの本はいまもしばしば読み返す。
自分にとっては、時間芸術とは何かを教えてくれた本。

渡英後に気づいたのはロンドンでの内田さんのリサイタルの多さ。
彼女にとってここは地元だ。だからけっこう頻繁に、
それもあまり高くない値段で聴くことができる。

オーケストラとの共演も、ソロでの演奏も、すでに何度も聴いた。
最も印象に残っていうのは渡英直後に行ったモーツァルトの協奏曲の
演奏会で、アンコールに呆然とした。モーツァルトK.545ソナタの
第2楽章のみ。人の人生を数分間に叩き込んだような演奏に、
打ちのめされた。

そして昨日も、それとは別の素晴らしい経験をした。
室内楽やバロック音楽用のウィグモアホールで、
内田さんはテノール歌手のマーク・パドモアの伴奏をしたのだ。

パドモアは当代随一のテノール、
彼の声の爽やかなこと理知的なことは見事なもので、
昨日、彼はこれまで見たどの時より格段に燃焼していた。
それは、内田さんの伴奏があったからだ。

とにかく煽る、煽る。
いま、パドモア相手にあんなに攻めの伴奏が
できるのは内田さんだけだろう。
それでいて、歌詞が終わって伴奏だけになると、
今度は内田さんがあっという間に主役になって、
アップダウンの強い、ロマンティックな演奏を繰り広げる。
達人同士が燃え盛っていた。

伴奏は大事。
神奈川には竹本駒之助師匠という娘義太夫の人間国宝がいて、
師匠の人間描写の徹底した味付けの濃さと燃焼にはいつも唸らされる。
そしてここでも、重要なのは三味線による伴奏。

伴奏はボクシングのスパーリング・トレーナーのようなもので、
ミットの差し出し方や位置で、次に打ち込むべき場所をリードする。
打ち手の力を何倍にも引き出すことができる。

僕らの芝居の音響や、集団シーンも同じだ。
せりふと音響、話し手と周囲が見事にキャッチボールする時、
人の力は何倍にも増幅される。昨日観たものは一生忘れないと思う。

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