6/29(木)許光俊先生のこと

2023年6月29日 Posted in 中野note
414D-XXkhqL._AC_UL800_FMwebp_QL65_.jpeg
↑特にクライマックスの畳み掛けがすごい。
自分で読むスピードを決められる「小説」にも関わらず、
唖然としているうちに終わってしまう、その後に、
必死さと哀しさと可笑しさが同時に押し寄せる。そういう読後感です


先日の室井先生の会の終わりに、許光俊先生とお話しすることができました。
許先生こそは、その著作が出たら一も二もなく購入する書き手の一人で、
要するに自分は先生の文章の大ファンです。

去年の8月に出版されたザッハー・マゾッホの
『毛皮を着たヴィーナス(古典新訳文庫)』など、
自分は日本に帰るのを待ちきれず、何冊かアマゾン・ジャパンから
取り寄せた本と一緒にロンドンに届けてもらい、旅行しながら
読みました。主人公たちが各地を旅する内容なので、
ちょうど良いと思ったのです。

大学生の頃に種村季弘訳で読んだ時には難しく感じたあの小説が、
男と女の切実で普遍的な、けれども端から見ればコミカルな営みで
あるのを発見して、大笑いしながら読みました。

それでいて、再び主人公二人の立場に立ってみれば、
彼らの恋愛はお互いに対して実に必死の営みで、
傷つきながらも自分の全てを賭けた男女が臨みあっていました。
そういう真剣さが哀しくもあり、
人間というのはまさにこうしたものだと納得させられる翻訳でした。

許先生の文章は柔らかく、時にふざけたようなユーモアに溢れていて
読みやすい。さらに、いつも選び抜かれた感覚と言葉で、
対象に対してぴったりくる端的な言葉や事例が充てられています。

何より、余裕のある物腰の下に隠れた、度外れな真剣さ、本気、
そういうものを感じさせながら素知らぬ風を装うところに、
先生の品格を感じます。

許先生は自ら悪評を好んで選ぶような
ところもありますが、自分にとっては、ほんとうの品の良さとは
ああしたものだと感じます。
まあ、許先生自体はそんなことを言われたら嫌がるでしょうが。

そういうわけで、先生がいくつも書いたクラシック音楽の本、
例え入門書の類であっても、新たな本が出る度に全て買って
読んできました。紹介された内容でなく、許先生の言葉が
読みたいからです。

一番優れていると思うのは『クラシックを聴け』で、
これは先生が若い頃に、時間芸術と調和について書き尽くして
しまった本だと受け取っています。

好きなのは『オレのクラシック』で、
そこには少しだけ、唐さんや室井先生のことも出てくる。
許先生が横浜国立大学で教えていた三年半に何を感じていたかも
わかる、自分には特別に面白い本です。

許先生ご本人に久しぶりに会ったことで、また一から先生の
文章に触れたくなり、ここ数日、ずっと読み返しています。
まったく、こんな文章が書けたらと思わずにはいられない内容です。

近年だと、『モーストリークラシック』という雑誌に書かれた
バッハの『ロ短調ミサ曲』に関するものが特に素晴らしく、
ああしたものもまとめて本にならないだろうか。
そう希望しています。

トラックバックURL:

コメントする

(コメントを表示する際、コメントの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。その時はしばらくお待ちください。)