6/6(日)向島の人々

2021年6月 6日 Posted in 中野note
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昨晩に『お化け煙突物語』の話をして、いろいろな記憶が蘇ってきました。

2005年10月に行った新国立劇場での公演を終えて、
もっと意識的にテント演劇という表現に取り組もうと思ったこと。
そのために、地元である横浜ではなく、東京23区内での公演を自分たちに
課したこと。自分たちには新宿花園神社のような名物会場がないので、
むしろ徹底して作品の内容とリンクする会場にこだわりたいと考えたこと。
そんな思いでした。

『お化け煙突物語』の舞台は、足立区、台東区、墨田区といった辺り。
そのために、唐ゼミ☆メンバーは二人一組のペアに分かれて、
方々を歩き回り、テントが立つだけのスペースが確保できて、
お客さんを集められるだけの交通の便の良い場所を求めました。
鉄道やトロッコが出てくるので、できれば線路が近くにあるところがいい。
そんな風にも考えながら、ひたすらロケハンして情報収集しました。

で、いくつかの場所が出てきたのですが、そこで、さっそく手づまりに。
空き地はあれども、その土地の持ち主が誰かがわからない。
例え持ち主が分かっても、正面切って問い合わせたところで、
「そういうことには貸していない」という至極あたり前の回答を得られたのみ。
世の中に、テント演劇は想定されていない。それはそうです。
今となっては当然と思われるそ社会常識を、当時、痛感しました。

そこで思ったのは、めくらめっぽうなロケハンも良いけれど、
知り合いを辿ろう!ということでした。コネクションが大事、
こういう当たり前のことも、当時は知らなかったのです。

そこからは、人から人を渡り歩きました。
まずは唐さんにご相談すると、お友達の画家・宇野マサシさんを
紹介してくださいました。そして宇野さんに電話すると、
吾妻橋の近くに、今度ギャラリーアビアントという画廊が移転オープン
するから、そこへいらっしゃいと言われる。

劇団の経歴を書いた履歴書やビジュアルな資料をファイリングして
30部用意し、訪れる人たちにそれを説明とともに渡して行きました。
今から考えても、オーナーの磯貝さんがこんな変な目的のために
やってきた初対面の私を、よく受け容れて下さったと思います。

ギャラリーにとって晴れの記念日に、なんだか思い詰めた私がいて、
さぞ邪魔だったろうと想像すると、感謝するばかりです。

結果的に、そこで出会った高野さんという方が、
ちょうど新東京タワーの準備をされている墨田区役所の課長さんで
「後日訪ねていらっしゃい」と言っていただき、厚かましくも
言われた通りにすると、本当に親身になって一緒に場所を探してくださいました。
当時、部長だった小川さん。小川さんの所属されている向島学会の方々。

本当に多くの方々に応援してもらって、あの場所でも公演が成立しました。

東武鉄道までついて来てくださったり、そういう打ち合わせの合間に
「スパイスカフェ」というご当地大人気のカレー屋さんに連れて行って
下さったりもしました。まさしく僥倖でした。

自分が大人になってみて、それがいかに稀有なことだったのかを痛感します。
同時に、数年を経た後に疎遠になってしまっている申し訳なさが疼きます。
あれから15年。皆さん、お元気にされているでしょうか。
改めて、感謝の想いが募ります。

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