9/25(水)8年前の今日は

2024年9月25日 Posted in 中野note
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↑『腰巻お仙 振袖火事の巻』より堕胎児たち扮する明智小五郎の
シーン。寂しさと恨みでいっぱいの場面でした。子どもが生まれるときに
こんな芝居をしていたのです。唐さん自身も、ちょうど義丹さん誕生の後、
1968年後半にこれを書いたはずです。「女性」「母」「少女」について、
唐さんと一緒に考えている感覚でした


今日は息子の誕生日でした。
8年前の早朝に産気づいたという連絡がありました。
椎野は私の実家である名古屋で彼を産んだので、あの時、
自分は横浜でひとり暮らし状態で、禿(恵)さんを主演にした
『腰巻お仙 振袖火事の巻』の通し稽古を予定している日でした。
だから、名古屋に駆けつけることはできませんでした。

朝5時くらいにいよいよだと母親から電話があり、
気が動転して、横浜駅西口のドンキホーテまで何か買い物に行こうと
走ったのを覚えています。それでも、どうにも落ち着かず、
早朝に齋藤に電話して迷惑をかけたことも。

大好きな漫画『子連れ狼』では、将軍がお正月のお祝いの席で
大名たちに餅を配るシーンがあり、それの影響で、当時の座組の
みんなに、馴染みの和菓子屋さんで名物のあんこ入りのお餅を買って
差し入れました。とにかく空回っていました。

椎野が13時間格闘して息子は生まれました。
午後に通し稽古をして、それから修正作業をした後に名古屋に
向かい、それからまたすぐに横浜に戻って新宿中央公園に入る日に
備えました。

あの時は、室井先生のおかげで横浜国大で稽古させてもらっていた
最後の方だと思います。それから、息子がうちに来て、唐ゼミ☆の
拠点をハンディラボに移して、維持費もバカにならないけれど、
みんなの協力でなんとか芝居にしがみついてきたな、と思います。

大きくなった息子を眺めつつ、来年の演目について考えています。

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