具体的すぎる例

2019年11月 8日 Posted in 中野note
昨晩に続き、
唐さんがいかに具体的かという例は他にもあります。

例えば、
私たちが学生時代に唐さんの勧めで上演した、
『腰巻お仙〜義理人情いろはにほへと篇』。
コンパクトな場面を連ねた四幕もの、
何より、唐さんが初めて紅テントを建てて公演した演目、
という記念すべき作品ですが、
その2幕を稽古していた時に唐さんのアドバイスが飛びました。

場面は、怪しげな医者「ドクター袋小路」が、
想いを寄せる「かおるちゃん」を訪ね、ストーカーよろしく迫るシーン。
かおるの父「床屋」は袋小路を追い払うために娘は不在であると伝えます。
すると、目ざとく戸口の床近くにかおるの脚が見え隠れするのを発見した袋小路は、
本当は彼女は家にいるはずだと床屋に迫ります。
袋小路を誤魔化すために床屋が吐く科白、
「あれは大根です。」

私たちは、当然ながらかおるちゃん役の女子を戸の裏に立たせて脚をチラチラさせました。
が、そのシーンを見た唐さんはこう言うのです。
「あれ、本物の大根に変えよう!」
さっそく大根を二2本買ってきて入れ替えてみると、確かに面白い。
しかし、面白さに走るあまり、脚を大根だと嘘ぶいたという設定が揺らいでしまっています。
ストーリーとしてはちょっと難解になるのですが、
唐さんはそういう面白さに走る創作家なのです。

冗談が本当になってしまう、というか、
具体物を異様に愛するところが唐さんにはあります。
私が、師匠には敵わないなと骨の髄まで脱帽するのは、例えばこういう部分です。


これを書きながら、他にも似たような例を思い出しましたが、
この頃、唐組の紅テントで『糸女郎』という芝居がありました。
その初日、新宿花園神社で行われた1幕の終わりで、
ヒロインの口から出る長いひとすじの糸が、
仕掛けの不具合で上手く出なかったことがありました。

初日といえば、客席にお歴々を迎えるハレの舞台。
渾身のシーンが決まらなかったことに業を煮やした唐さんは1幕終了と同時に激怒し、
頭を下げる唐組の皆さんを前に、地面の砂利を口に放り込みながらこう言ったそうです。
「オレに砂を噛む思いをさせやがって!」

当時、私は客席にいたので、正確にはこれは後から聞いた話なのですが、
劇団員の皆さんは恐々としながらも、座長の行動に唖然としてしまったといいます。
それはそうでしょう。"思い"どころか、実際に目の前で砂を噛んでいるんですから。

この圧倒的な真剣さ、
抽象性とは程遠いこの徹底した具体性こそ、唐さんの真骨頂だと思います。
唐組の皆さんには少し申し訳ないのですが、私は今も感動しています。

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