11/27(金)ぜんそく界のヒーロー

2020年11月27日 Posted in 中野note
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↑ぜんそく対策として、心肺機能を上げるようにしています。

年が明ければ40歳。
ああ、自分はおじさんなのだと実感しています。
さらに加えれば、おじさんにはおじさんの、
じわじわとした体力があることも実感しています。
実際、最近は随分と働き続けられるようになりました。

先日、公演明けにバラシを抜け出して桐朋学園に教えに行ったところ、
学生たちは皆、くたびれ果てていました。
私が『唐版 風の又三郎』に躍起になっている時、
彼らは彼らで、大学の中間発表のために奔走していたのです。
ペーター・ゲスナー先生が演出をして、
福田善之さんの『袴垂はどこだ』を上演したと云います。
なかなか興味深い企画。

4割の学生が欠席し、出席した人たちがつい眠そうにしているのを見て、
自分の学生時代を思い出しました。

横浜国大の丘の上に、『さすらいのジェニー』で唐組が使っていた
紅テントを立てて公演をする。短い公演期間が終わると、
夜から片付けにかかる。夜明けを迎える頃に倉庫への仕舞い込みが
終わると、ガストで雑炊なんかを食べました。

その後、家に帰るのですが、何日かすると決まって風邪をひく。

一番ひどかったのは、もう学生ではなくなっていた2007年の夏で、
暑かった『面』公演を終えた後に風邪をひき、
それが持病の喘息を併発させて、これがぜんぜん治らない。
ついに発作が止まず、横になると苦しくて眠れないので、
壁にもたれてようやくウトウトするのが関の山の1週間が過ぎた頃、
何度目かの病院に行ったところ、縦隔機種(じゅうかくきしゅ)だと
診断されました。要は、肺に穴が空く、気胸の一種です。

この時は、唯一の対処法である「安静にする」をひたすら続けて
回復を待つより仕方ありませんでしたが、とにかく公演後こそ
緊張を解いてはならない。油断は禁物なのだと痛感させられました。

ちなみに、喘息はたいそう苦しく、
なぜ自分はテント演劇などと云う気管支に負担が
かかる表現を選んでしまったのだろうと、自らの選択を恨んだこともありましたが、
そんな時の心の支えは、かの革命家チェ・ゲバラでした。

どうやら、彼もまた喘息持ちだと、ものの本で読んだ時、
私は心から励まされたものです。南米のジャングルに潜んで行うゲリラ戦より、
テント演劇の方が環境的には明らかにマシに決まっている。
だから、がんばろう、喘息持ち。

現在では対処法を色々と心得、
ましてコロナ禍の今回は風邪をひかずに切り抜けられそうです。

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