12/12(月)『ベンガルの虎』本読みWS 第9回レポート(中野)

2022年12月12日 Posted in ワークショップ Posted in 中野WS『ベンガルの虎』
images.jpg
大学生の頃、映画論の教授に勧められて黒沢清監督作品をよく観た。
中でも仰天したのがこの『回路』。なんと、赤いテープを四角に貼るだけで
あの世とつながってしまうのだ。ホラーなのにユーモアがあり、笑ってしまった。
唐さんの場合は行李のゲート。さらに意味ありげ過ぎてコミカルでもある。


昨日は『ベンガルの虎』本読みの第9回。
最終の第三幕に入りました。

二幕の終わりを思い出してください。
夫の水島が競輪選手に乗って迎えに来る。
その自転車の荷台に乗って南洋までの道を一直線に進めばどうなるか。
南洋からはベンガルの虎の吠え声も聞こえる。
要するに、口を開ける死の世界。その魅力に負けて突き進めば、
カンナもまた南洋で死んだ一つの骨のかけらに過ぎない、
という世界観に行き着く。すわ!
それを寸手のところで押しとどめたのは、これまで弱気だった銀次。
彼がやや覚醒。

三幕。
冒頭では、二幕の顛末のために二人の関係が逆転しています。
銀次がカンナを先導。二人の間には、まるでカンナがどこかへ行って
しまわないよう、しっかりと紐が結え付けられている。
そうして、二人は入谷朝顔市にやってくる。
その目的ははっきりとは書かれていませんが、
明らかに、台東区入谷三で育ったというカンナの人生を確認するため。
それが確認できれば、カンナはちゃんとここで育ったということになる。

ところが、冒頭から不吉。
朝顔市の賑わいの中、明るく歌われる合唱の歌詞をよく読むと、
朝顔の花の様子は、首を吊って死んだ母に見える・・・

しかも、本来は自分が語ってきた出自の正しさをいち早く証明したいはずの
カンナは極めて弱腰。言葉の上では、現在はホステスである身の上に
を引け目を感じるとか、言い訳をしますが、本当は自分の主張に
自信がないためではないか、と読者(観客)は勘ぐりたくなる。

が、いざ町内に足を踏み入れてみると、
お婆さんたちは次々にカンナに声をかけます。
そこで、カンナの主張は正しかったのか、とも考えられますが、
やはりカンナの応答は辿々しく、むしろ自分が語ってきた出自通りに
なってきていることに戸惑いすら感じさせます。
とにかく、カンナは町内の面々に正対して会話したがらない。

この謎を解く鍵は、朝顔市に入るために用意された謎めいたにあります。
これが、行李でつくられたゲート。
つまり、カンナが確かに生きてきた(生きている)証拠を求めてやってきた先の
入谷町会も、朝顔という首吊り死体が群がる白骨街道であるということです。

カンナに親しく話しかけるお婆さんたちの様子も、配役場、
彼女たちが二幕で演じた村岡伊平治が世話するラシャメンに見えてきます。

南洋は死の世界。それを避けるために駆け込んだ台東区入谷も死の世界。
ならば、銀次はどのようにしてカンナを迫りくる死から救うのか。
そういうこの台本の骨格がいよいよはっきりと片鱗を表しました。

とはいえ、三幕冒頭は表面的には賑やか。
馬の骨父子商会の面々が、南洋から送られてきた骨を銭湯で執拗に
洗い清めるくだり。彼らに挑んだチンピラ左近・右近が軍人上がりのおっさんに
腕力で一蹴され、青春の挫折を味わうというサブエピソードが活き活きしています。
左近・右近の挫折は、成長していく銀次を際立たせる効果も生みます。

・・・というところで昨日はおしまい。
年内に残る2回でこの『ベンガルの虎』を読み切ります。
同時に、私のロンドン滞在も終了。

2023年1月からは日本に帰り、『秘密の花園』の初演版と唐組版を比較しながら
読んでいこうと構想しています。



トラックバックURL:

コメントする

(コメントを表示する際、コメントの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。その時はしばらくお待ちください。)