1/18(日)『アリババ』本読みWS 第1回 その①
2026年1月18日 Posted in 中野WS『アリババ』
↑第一回 東京オリンピックのビジュアル、改めて優れています。この時代!
今日から『アリババ』オンライン本読みの第1回目です。
両方参加していただける方にはハイペースすぎるかな、と実感しながら、
一方で、万年町で育った青年時代の唐さんが初々しく書いた台本、
それが『アリババ』ですから、理解にはスムーズだな、と実感しながら
オンラインに入っていきました。
『アリババ』が初演されたのは1966年。唐さんが26歳の時です。
紅テントを発明するのは翌1967年のことで、まだそれほどの注目が集まって
いない。けれど、『ジョン・シルバー』を経て、唐さんが唐十郎として覚醒する
前夜の作品です。実際、ご本人も手応えがあったのでしょう。
第3作品目の『煉夢術』までとは異なり、『ジョン・シルバー』『アリババ』は
その数年、再演を重ねています。
今日は初回なので、作品の背景の話をしました。
1960年代は、東京と日本がものすごいスピードで変わっていく時代です。
1964年の東京オリンピックは街を変えました。
道路のアスファルト舗装が進み、高速道路と新幹線が整備される。
『ALWAYS 三丁目の夕日』が1958年の物語ですから、そういう変化や勢い
を想像してもらいやすいと思います。
また、唐さんの個人史としては、大学を卒業したのが1962年。
劇団青年芸術劇場に所属するも一年足らずでこれを辞め、
シチュアシオンの会から状況劇場に至る自前の劇団をつくりました。
といっても、当時の唐さんは俳優のみを志向していました。
サルトルの『恭しき娼婦』で旗揚げしますが、その後に作品を描き始めた
のは、創作意欲かられて、というよりも単にやるべき作品を作るしかなかった
からです。
そうこうするうちに、唐さんは実家を出て中央線沿線に暮らし、
"同棲時代"を開始します。すると、当時の若者の多くがそうであったように、
人生の主題のひとつが、「望まぬ妊娠」「中絶手術」「堕胎児」になるわけ
です。実際、唐さんは20代を通じて「堕胎児」を主題にした作品を何本も
描きました。『煉夢術』『アリババ』『腰巻お仙 忘却篇(1966)』
『腰巻お仙 義理人情いろはにほへと篇(1967)』
『腰巻お仙 振袖火事の巻(1969)』がそれです。
最後にわずかに「堕胎児」が登場するのが、私のみるところ『吸血姫(1971)』
ですが、これはメインのテーマとはいえません。
ひとつの推論としては、ご子息である大鶴義丹さんが1968年4月に生まれた
のは大きかったと思います。人生の関心が、生まれてこなかった子どもから
生まれてきた子に移るのは自然なことです。
1969年12月に初演した『少女都市』で主人公「田口」が健康保険を云々
するのは、そういう事情と思われます。鬼才・唐十郎といえども人間であり
生活もあるわけですから、自分のおかれた状況に応じて切実な関心事は
変わってゆきます。それは、決して同時代の多くを生きる人々と大差無く、
けれども、そこは"唐十郎"ですから、作品のなかでの現れ方がやっぱり
独特なのだ、だから唐十郎なのだ、というお話からスタートしました。
長くなったので、続きは明日!
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