12/26(月)『ベンガルの虎』本読みWS 最終回レポート(中野)
12/19(月)『ベンガルの虎』本読みWS 第10回レポート(中野)
↑大切な存在が死に飲み込まれてしまわぬよう、人は時に紐を引っ張る
昨日の本読み。『ベンガルの虎』三幕中盤をやりました。
このシーンの主眼は夫の水島が洋行帰りの商社員として
改めてカンナを南洋に誘うというものです。
二幕で競輪選手として現れた時には曖昧なところもありましたが、
ここでは水島が、南洋=死の世界への案内人であることが
よりはっきりと分かるようにせりふが書かれています。
初めは銀次を頼りにして水島を警戒していたカンナも、
ことば巧みに彼女を口説く水島に押されて、
ついには南洋に行こうという気になってしまう。
が、いよいよカンナが水島に取り込まれようとすると、
銀次がこれを阻止する。という構図が繰り返されます。
この際、特に重要な働きをするのが次の二つの道具。
①カンナと銀次を繋いでいる紐→生の世界への命綱
②行李の門→くぐると死の世界が広がる
この価値基準で見ると、
何度か繰り返される紐が切れた、結ばれた
行李の門が壊された、という現象が単なる道具の操作を超えて
この劇のテーマを背負っていることがわかります。
また、男らしさを増した銀次が自ら月光仮面を名乗って
暴れ回るシーンは秀逸ですが、見逃せないのはその前段の彼のせりふ。
初対面の時に、自分は当てずっぽうにカンナを先生と呼んだのだと
銀次は告白します。
つまり、カンナが生存していることに対する唯一のアリバイ、
それが銀次の証言だったのですが、いよいよこれが崩れることに。
当初、劇がスタートした時にカンナが言っていた忍岡中学の
元家庭科教師という設定は、すべて作り話だったと明らかになる。
ただし、銀次がここでわざわざカンナにとって不利な証言を
したのは決して彼女を見放しているのでなく、
月光仮面として新たな関係性をカンナと結びたい!
そういう宣言としてとらえなければなりません。
ここは銀次役の工夫のしどころです。
覚醒した銀次VS馬の骨父子商会の面々+水島
という構図でアクションに突入し、この争いが混沌としたところで
ミシン売り→予想屋の将軍として活躍していた中年男が
ゲイ雑誌のエディター(編集者)として登場します。
次回はこのエディターの登場から。
12/25(日)のクリスマスを最後に『ベンガルの虎』最終回です。
同時に、私の渡英中の本読みもおしまい。
来月からは日本で再開します。
日時は毎週日曜日の19:30。
『ベンガルの虎』。新たに始まる『秘密の花園 初演版』。
こちらもよろしくお願いします。
12/12(月)『ベンガルの虎』本読みWS 第9回レポート(中野)
12/5(月)『ベンガルの虎』本読みWS 第8回レポート(中野)
↑銀次はこのようになれるのか。素手ならなお良し。
昨日は『ベンガルの虎』を読みました。
先週の段階では三幕冒頭まで進もうと思っていましたが、
残りを計算したところ時間に余裕があるとわかり、
じっくりと腰を据えて二幕終盤に取り組むことにしました。
この場面にはそれだけの価値があります。
ヒロイン・水嶋カンナとは誰なのか?
彼女は生きているのか、死んでいるのか?
そもそも、彼女はこの世に生まれ落ちることができたのか?
物語の進行とともに死と生が交錯し、
カンナを見つめる銀次の役割が鮮明になるのが、この二幕の終わりです。
前回、カンナの母・マサノが登場しました。
村岡伊平治が語ったマサノの生業=からゆきさん
娘であるカンナの出自=駆け落ちした現地人との子ども
は、カンナにとっていかにもショッキングでした。
が、カンナもまた、
母と同じラシャメンの格好をして村岡一家の一員であることを
受け入れようとする。ビルマ僧に化けてその場に踏み込んだ
銀次が静止を試みるも、力およばず。
でも、これはカンナの作戦でした。
言うことを聞くと見せかけたカンナは村岡を拳銃で撃つ!
(どこから手に入れたのかは、謎! 同時期の『盲導犬』と同じ構造!)
これにより、日蝕から続いていたカンナの悪夢に区切りがつきます。
場面はもとの競輪場に戻り、村岡は酔って浮かれ騒ぐ俗物にかえり、
銀次にはビルマ僧としての記憶がありません。
ただ、カンナのみが先ほどまで見てきた悪夢、
出自に絡む悪寒を引きずります。
銀次の取りなしで徐々にそれも落ち着いてくる。
しかし、あの悪夢はカンナの気のせいでなく、確実に存在してました。
いつの間にか競輪場では全てのレースが終わっている。
つまり実態があったのです。カンナはそれを認めたがらず、
二幕冒頭の目的であった競輪をしようと言って聞きません。
困り果てる銀次。
そこへ、一台の自転車がやってきます。
それ見たことか! まだレースは終わっていないと喜ぶカンナ
でしたが、その競輪選手こそ夫の水島であり、カンナを再び
南洋の過去の悪夢へ、ラシャメンへと引き戻そうとする導きでした。
あまりのしつこさ、ついにカンナも折れて拒絶をやめ、
むしろ自分から悪夢に飛び込んでやると水島を煽りはじめます。
唐さんが生んだ名ぜりふ「クレイジー・ラブ!」がここで炸裂。
この、ともすればちょっと恥ずかしいせりふを成立されるためには、
カンナの、拒絶からの開き直りへの変化の瞬間、そのダイナミズムを
押さえなければなりません。
今まで拒絶していたのが一転、
俄然、自ら悪夢に向かって乗り出していく破れかぶれの勢いが重要です。
そうでなければ、単なるヤンキーの箱乗りになってしまう(笑)
水島は骨の運搬屋です。
その水島に運ばれるカンナもまた、骨=死者になろうとしています。
それを制止したのが銀次でした。
単なる恋愛感情のもつれ、三角関係の女性の奪い合いではありません。
銀次の側に止まると言うことは、カンナが確かに入谷に育ち、
家庭科教師であったという"生"を選ぶことなのです。
気弱だった銀次、ライオンと闘うに程遠かった銀次が、
少しずつ男としての覚醒を始めます。
ただし、依然として南洋から虎の吠え声は響いており、敵は強大!
銀次はカンナを"生"に引っ張る!
水島はカンナを"南洋=白骨街道=ベンガルの虎
=生まれてすぐ死んだ赤ん坊という出自"に引っ張る!
という構造がいよいよはっきりしてきました。
銀次はライオン≒虎と闘い得る男になれるのか。
年内、残る3回で三幕を踏破します!
↓虎を倒した男は確かにいるらしい
11/28(月)『ベンガルの虎』本読みWS 第7回レポート(中野)
11/21(月)『ベンガルの虎』本読みWS 第6回レポート(中野)
11/14(月)『ベンガルの虎』本読みWS 第5回レポート(中野)
↑前回に紹介した写真と合わせると、赤テントの屋根と水辺の位置関係が
わかる。お客は明らかに管理しきれていない。1幕終わりで行李を池から
出さなければならないが、入れば病気や虫に襲われそうな池に入って
いたのだろう。過酷な演劇修行。
昨日は旅先のグラスゴーから本読みWSをやりました。
『ベンガルの虎』1幕終わりから2幕序盤。
主人公たちがボロボロの状態から今週はスタート。
カンナは頼みの夫・水島に別の家庭があることを知り、
悲嘆に暮れます。(すぐにニセモノと知れましたがカンナは気付かない)
カンナを見捨てて逃げていた銀次は、流しの左近・右近に
ヤキを入れられ、傷を負って地面に転がる始末。
カンナは家庭や仕事を取り戻すこと、
銀次は流しとしてこの街で大人の男になること、
二人はそれぞれの望みを諦め、錦糸町を去ろうとします。
すると、公衆便所の水洗を越えて、浮かび上がる行李。
カンナが望んだバッタンバンからの行李が、ここにきて届く。
不思議で、不気味で、水島がカンナを捨てたいまとなっては
送り主さえ謎めいた行李が現れたところで、1幕が終わります。
2幕の舞台は花月園競輪場。
"将軍"という予想屋の威勢の良い口上から幕を開けます。
が、よく見れば、この男は1幕に出てきたミシン売りの中年男。
人のことを「シスター」と呼ぶ癖からそれがすぐに分かります。
彼は持ち前の勢いで、オドオドと競輪の車券を買いに来た
銀次を罵ります。差別用語満載の悪口が立て板に水のように流れる。
現在とは隔世の感がありますが、せりふとして聞かせます。
その後、馬の骨父子商会の面々がビルマ僧に扮して現れます。
東南アジアで日本人兵士の遺骨を拾っていたら競輪場に出てしまった、
という強引な設定ですが、ギャンブルに負けてうなだれる人々を
戦地で亡くなった亡者に、賭けに外れ、地面を埋め尽くすように
散らばる車券の量と白さを白骨街道に散らばる遺骨に重なります。
見事なイメージの連鎖。唐さんは、こうして二つの場所を繋げました。
ビルマ僧たちが将軍を言い負かしてこの場面は終了。
次に現れた銀次とカンナは親し気です。
そして、男ならドンと賭けろとカンナは銀次をけしかける。
が、銀次が賭けようとする2ー3車券を売る窓口こそ、
お市が担当する売り場でした。
そこからは、売り場窓口の前に立ったカンナと、
カンナの腕を掴んで離さないお市とのコミカルな闘いが展開。
小さな売り場窓口を挟んで腕の引っ張り合い。
これは、より強行なカンナの勝利に終わります。
というのが今回、扱った内容です。
今回のシーンにはいくつも面白い箇所があり。
・唐さんが車券売り場のシステムを勘違いしていること。
→賭ける番号によって、券を買う窓口が決まっていると思ったらしい
・カンナと闘いながら吐かれるお市の名言
→"人間はみな、この位の穴から出てきたんじゃ"。何か深いせりふ。
・銀次を連れてお市に対抗するカンナの口八丁
→自分たちを安寿と厨子王になぞらえる
など、楽しく演じ、観られる場面の連続でした。
また、参加者からの指摘も受けましたが、
1幕から2幕へ移行する間に、カンナと銀次の
コンビネーションが抜群に上がっています。
二人は一緒に暮らし始めたのか。いずれにせよ、
このペアの受け答えの良いことが二幕を盛り上げます。
来週は引き続き、お市との絡みから。
3週ぶりにロンドンの家から、落ち着いた状態でやります。
11/7(月)『ベンガルの虎』本読みWS 第4回レポート(中野)
↑まだまだあるアサヒグラフの写真。沼とはつまりこういうこと
昨日は旅先からのオンラインWSでした。
到着した二日前にまずしたことは、zoomを起動してのWi-Fiの強さの確認です。
これはイケる。うちより強いくらいだ。そう思いました。
が、調子に乗って動画を見せたら、今度はPCがバグり始めた。
序盤で参加の皆さんをお待たせしてしまいました。
そんな中でも第4回。
1幕終盤に当たるこの回の眼目は以下の3点です。
①右近・左近の示す錦糸町の汚さ、青春の上昇志向
②俗物隊長の夫婦関係
③カンナと夫・水島の関係のあいまいさ
①右近・左近の示す錦糸町の汚さ、青春の上昇志向
この流しの兄弟は折に触れて登場するキャラクターです。
登場するたびに、錦糸町が汚いと言う。時に、そこかしこにある
水たまりを"沼"とも描写します。これは明らかに、東京の下町と
バングラデシュをつなげてしまおうという唐さんの仕掛けです。
沼・蝿・匂い・月によって、はるかに離れた二つの土地の
イメージを結びつけてしまう。
それから、二人はこういう汚らしい土地から一刻も早く
抜け出たいと思って流しをやっています。
ガンマンの英雄ビリーザ・キッドになりたい、というせりふは
こんな動機から発せられます。いわば、主人公の青年・銀次の
モデルケースであるともいえます。のし上がりたい青年たちが
凌ぎを削る青春群像を見せる。
②俗物隊長の夫婦関係
第3回目で、カンナの勤めるキャバレーのマネージャー相手に
息巻いていた俗物体調を思い出してください。
彼が自分がいかにサディスティックに多情な女房に当たっているか、
そのよろこびを自慢していたわけです。
が、実際はぜんぜん違う。
彼は妻に白痴女を選んでいます。
要するに、物乞いをしているような女性でないと心を安んじることが
できない、弱い男性なのです。しかし、世間や部下には虚勢を張っている。
妻は白痴ですから、飴をぶらさげて言い寄ってくる男がいれば
これを断りません。その度に俗物は心を痛めながら、彼女に辛くあたり、
そして抱きしめる。そうやってお互いに依存している。
後につかこうへいが得意とする男女関係の典型がここに
あらわれています。
昨日やったシーンでは、妻の浮気相手はテレビの中の俳優に
過ぎなかったと知れ、その白痴ぶりから、俗物をさらなる情けなさが
襲います。悪役のボスである俗物隊長にぐっと深みを与える
このシーンは誰がやっても面白い。
コンプライアンスに厳しい現代社会では許されぬ
家庭内暴力ですが、虚構の中ではこういった人間の在り方を
保存していたいものだと思います。
③カンナと夫・水島の関係のあいまいさ
この物語は、カンナが夫・水島に振り回されるところから
始まります。ハンコを送ったという。しかし、そのハンコは
手に入らない。すでに日本に帰ってきているともいう。
けれど、会うことができない。
それどころか、水島にはすでに別の女性との間に歴とした
家庭があって、子どもまでいる。というのが、今回のシーンでした。
しかし、実はこの家庭は馬の骨父子商会の面々が協力して
でっち上げた偽物で、水島は妻であるカンナを煙に撒こうと
している。カンナは、頼みにしていた夫にフラれてしまう。
そういう場面でした。
しかし、ここで二つのことが気に掛かります。
カンナを煙に巻いたあと、水島はカンナの定期券を拾い上げて
ひとりごちます。何か、想いを残しているようでもある。
さらに重要なのは、一応この物語はカンナの主観を
正しいものとして進んでいるものの、当のカンナ本人が
読者や観客にとって信ずるに足る存在かどうかが問題になってくる。
言わば、語り手が犯人であった最後に知れるミステリーのような
展開も想定できるよう『ベンガルの虎』は書かれています。
以上3点を経て、次週は1幕終わりから2幕へと移行していきます。
次週も旅先、グラスゴーのホテルから。
もう動画を見せるのはやめます!共有画面はシンプルに台本のみで!
10/31(月)『ベンガルの虎』本読みWS 第3回レポート(中野)
↑さらにアサヒグラフより。唐さんがなぜ上半身裸なのか謎。
が、みなぎる気迫は伝わってくる
昨日は『ベンガルの虎』を読む、第3回でした。
第2回目の最後、馬の骨親子商会の面々がビルマ僧に扮し、
戦没者家族から寄付金を巻き上げようとするも、
しっかり者のお市たちに撃退されたところの続きです。
サギが失敗したものの、俗物隊長たちに落ち込む様子は無し、
かえって悪びれて店の中に引っ込みます。
そこにヒロインのカンナが絡みます。
夫である水嶋に言われて自分のハンコを取りに来た、
店の扉をドンドンと叩きながらそう迫る。
しかし、戸口に立った印肉・天地の二人は取り合わない。
そこで、カンナは暴力に訴えます
銀次に命じてタクアン石を店に投げ込ませる。
(これは状況劇場×天井桟敷のケンカで同じようなことをした
四谷シモンさんのパロディ)
すると大将である俗物が飛び出してきて、
ビビった銀次は逃げてしまう。
銀次は体が立派なのですが、根がどうしても小心なのです。
いかにも気弱な唐さんの主人公。彼が立派な男になれるかどうか
物語の目標のひとつがこうして立ちます。その前提条件として、
彼の臆病さが極端に表れた場面です。情けなく、コミカルでもある。
気持ちだけはあるので、遠くからギターをかき鳴らしたりします。
こういうのも面白いところ。
銀次に憤りつつもカンナはさらに訴えます。
夫の水島に言われて来た!そう繰り返す。
仕方なく相手をする俗物隊長たちですが、今は日本人商社員として
東南アジアに散らばる日本人の遺骨を材料にハンコを作っている彼ら、
水島はその供給元です。後ろ暗い商売ではないですから、
そういう事実を嗅ぎつけようとするカンナを追い払おうとします。
と、一人の女がやってくる。
忍ケ丘中学(唐さんの母校)の家庭科教師を名乗るその女こそ、
水嶋のほんとうの妻だというのです。確かに彼女は清楚で、
いかにも学校の教員のたたずまい。比べてカンナはホステスの身なり。
しかも多勢に無勢でニセモノ扱いを受け、まるで水嶋が他所で
引っ掛けた女の扱いであしらわれてしまいます。
さらに登場したキャバレーのマネージャーから出勤を督促されるも
傷心のカンナが欠勤を申し出ると、衣裳まで脱がされ、
下着姿の情けない格好で往来に放り出されます。
からかい半分に俗物がカンナの大切にする定期券を見てみれば、
それは遥か15年前のもの。自身の正しさを訴えようとするも、
いかがわしい男たちによって惨めな扱いを受けるカンナの悲惨が
極まっていく。というところで昨日のシーンは終わりました。
昨日のWSの最後にカンナが歌う『雑巾の歌』はこの劇の主題歌。
家庭科教師として生徒たちんI雑巾縫いを教えていた自分が
皮肉にもボロ雑巾扱いを受けている、その悲嘆が謳われます。
すると、水嶋らしき影がよぎり・・・
続きは来週です。
私は旅先で、ストライキの影響で移動時間がズレたため、
11/6(日)は17:30-19:30でやらせてもらいます。
WS参加の皆さんの中には、体調を悪くして直前に欠席の方が
目立ちました。気温が上がったり下がったり、日本は季節の
変わり目にハードな気候だと聞きました。大事になさって下さい。
では、また来週!
私は旅先で、ストライキの影響で移動時間がズレたため、
11/6(日)は17:30-19:30でやらせてもらいます。
WS参加の皆さんの中には、体調を悪くして直前に欠席の方が
目立ちました。気温が上がったり下がったり、日本は季節の
変わり目にハードな気候だと聞きました。大事になさって下さい。
では、また来週!
10/24(月)『ベンガルの虎』本読みWS 第2回レポート(中野)
↑再び「アサヒグラフ」より。この唐さんの男ぶりを見よ!
昨日は『ベンガルの虎』本読みの2回目。
一幕半ばに差し掛かるところ。
初回から登場していたヒロイン・水嶋カンナに加え、
もうひとりの主人公である青年・銀次を登場させるのが
今回の主眼でした。
前回の終わり、中学の家庭科教師であったカンナの思い出を
横取りしたミシン売りの中年男は、謎めいたまま舞台を去ります。
取り残されたカンナは、次に町内のご意見番であるお市と対峙し、
見ない顔だと邪険にされます。
東京下町で繰り広げられる日本の村社会は、よそ者を許さない。
しょげかえったカンナに手を差し伸べたのは、
今は流しとなった元生徒の青年・水嶋でした。
冴えない生徒だった彼ですが、今や"銀次"を名乗り、
夜の街をギター担いで渡り歩く男に成長したのです。
(と、ここで、ドラマ『きついやつら』で"流し"を演じる
玉置浩二&小林薫コンビの動画を見たりして)
しかし、彼は精一杯突っ張っていても、元々は唐さんの描く
内気な主人公青年です。元先生のカンナに会うことで、
すっかりお里が知れてしまう。それどころか、キャバレーの
ホステスになってしまったカンナに大きなショックを受けます。
この辺が、彼の弱気で童貞気質なところ。
そして、ここハンコ屋の前に来た理由をカンナが銀次に説明する際、
"バッタンバンの象牙"という言葉に合わせて再びハンコ屋の扉が開く。
俗物隊長たちが扮するビルマ僧が登場し、
戦争未亡人であるお市たち町内の婆アたちと対峙します。
戦没者記念碑の建立のために寄付を募るビルマ僧たち。
が、たくましいお市は彼らを一蹴、すぐにニセモノだと喝破します。
お市らが去った後、サギ師としての正体をあかし、
ブラックジョークを言い合ってふざける馬の骨父子商会の面々・・・
というところまで進みました。
今回、特に良かったところは、銀次の登場シーンです。
格好つけ、背伸びしてワイルドに登場した彼が、
かつての先生との再会によってあっという間に素朴な青少年に
戻ってしまう。その一言一言の変化を、巧みに表現してくれました。
この短いシーンは、端的に主人公のキャラクターを表すツボであり、
一瞬一瞬が表情を変える工夫のしどころです。
それを上手くやってくれて、かなり嬉しくなりました。
それにしても、中年男のせりふ、お市婆さんのせりふ、
ビルマ僧に扮した俗物隊長のせりふと、この芝居のせりふには
たくさんの死の匂いが溢れています。
ミシンを踏みながら何気なくカンナが歌う歌もそう。
日本軍兵士が闘った戦地の過酷さを、まるで絵画のゲルニカのように
感じさせる。また、俗物隊長の部下でイジられ役の天地くんが
ふざけて歌う何気ない歌も、生まれてすぐの命が失われる歌です。
1幕冒頭のト書きによれば、この劇は「死者が見る夢」と宣言されています。
「死者」とは誰か? 基本的には『ビルマの竪琴』が下敷きですから、
亡くなった日本人兵士がそれに当たります。
が、それだけにとどまらないところにこの『ベンガルの虎』の真髄が
あると考えています。
もっとも根本的に"死んでいる死者"は誰なのか。
それを考えながら物語を追い、全編に散らばる言葉を読み解いています。
続きは来週日曜日!
10/17(月)『ベンガルの虎』本読みWS 第1回レポート(中野)
昨日は『ベンガルの虎』本読みの初回でした。
まずは恒例、唐さんの活動年表の確認から。
1973年の唐さんは特に多忙です。
1973年
2月8日 『四角いジャングルで唄う』
2月15日 『ベンガルの虎』書下ろし新潮劇場 出版
3月16-23日 『ベンガルの虎-白骨街道魔伝』バングラデシュ公演
4月21日-6月27日 『ベンガルの虎-白骨街道魔伝』国内公演
5月 『盲導犬』公演@アートシアター新宿文化 櫻社
6月8日 ラジオドラマ『ギヤマンのオルゴール』放送
8月 『追跡 汚れた天使』撮影-封印
9月 文芸誌「海 1973.10号」に『海の牙 黒髪海峡篇』が初出
9月22日-10月28日 『海の牙 黒髪海峡篇』
おそらく11月に『唐版 風の又三郎』を執筆
さらに出版物をいくつか紹介しました。
状況劇場の海外公演の資金源の一つだったアサヒグラフの紀行
それがまとまった単行本『風にテント、胸には拳銃』
当時の劇団員だった山口猛さんの『幻想と廃墟の街』
あと、やはり映画『ビルマの竪琴』を観る。
新旧のバージョンを見比べながら、『はにゅうの宿』から
「水島、一緒に帰ろう!』の名シーン、
隊長が手紙を読むところまでを確認しました。
ここまで来ると、まったく上記を知らない世代でも、
冒頭から唐さんが仕掛けたパロディについていくことが
易しくなります。
舞台は錦糸町。
地盤はゆるく水が染み出し、ホステスがたむろしています。
台東区民だった唐さんの墨田区への思い溢れる設定です。
謎めいた公衆トイレの中から登場するハンコ屋の社員たちは
水島と同僚だった隊のメンバーです。
と、そのハンコ屋「馬の骨父子商会」に水島を名乗る女が
ハンコを求めてやってきます。『ビルマの竪琴』の水島二等兵は
独身なので、かなり謎めいた設定です。
彼女は、水島を名乗るハイティーンの青年を探してもいる。
他に気になるのは、町内に灰を撒いてまわるお市婆さん。
彼女はエリア随一の産婆にして、競輪場では名の知れた切符売り。
露店でミシンを売ろうとする中年男は、
元は中学校の家庭科教師で、生徒に暴力を振るうのみならず
自分を気絶するほどに殴ったことで放校になった。
・・・という具合に、登場人物の約半分と、
彼らの背景がやや明らかになったところで初回は終了しました。
かなり序の口です。来週はさらに登場人物も増え、
ハンコ屋や、水島のその後や、水島の妻を名乗る女の素性も
徐々に明らかになってきます。